2011年5月1日日曜日

4月30日は息子の誕生日でした。

原田です。

皆様から沢山のコメントや励ましのお言葉をいただき感謝しています。
現在10418名の方々から、ご署名をいただくことができたのは、皆様の応援のお陰です。
ご支援くださる皆様、本当にありがとうございます。

4月26日に、清水勉先生を代表とする9名の弁護団の先生方のご協力の元、国賠を提訴しました。
午後3時から弁護士会館で記者会見を開き、沢山のメディアの方々にお集まり頂きました。
記者会見の様子は、【ニコニコ動画生放送】で放送して頂きました。
25日から【日刊サイゾー:浮島さとし記者】【ニコニコニュース:亀松太郎編集長・三好尚紀記者】に報道して頂き、27日の朝刊では【東京新聞:社会面】【朝日新聞:東京版】で取り上げて頂きました。ご担当者様に御礼申し上げます。

皆様に今日は、記者会見時にご来場の方々にお渡しした「記者会見の趣旨」をお伝えしようと思います。

                                      平成23年4月26日 
【記者会見の趣旨】
私の息子原田信助(当時25歳)は、平成21年12月10日午後11時頃、帰宅のため、新宿駅構内を通行中に、見知らぬ男子大学生より、突然階段から引き落とされ、暴行を振るわれました。
信助が、その大学生の友人の女性に対して「お腹を触る」痴漢行為をはたらいたというのです。
男子大学生から殴られ続けた息子は、何とか抵抗して体制を反転し、「今、暴行を受けている」と、携帯電話から110番通報しました。

その後、女性に「痴漢」と言われて駆けつけた2人の駅員に、息子は襟首を摑まれたり、突き飛ばされたりしました。駅員の通報で、新宿駅西口交番から駆けつけた3人の警察官に「任意同行」と称されて、交番に連行された後拘束され、私に電話をすることも許可して頂けませんでした。
そして、「あなたは被害者なんだから、署に行って、刑事さんに話さなければいけない」と、騙されて、パトカーで新宿警察署に連行されました。

息子は、新宿署の刑事に、「痴漢容疑の取調べだ」と言われて、初めて自分に痴漢の容疑がかけられていることを知りました。
息子は、自分が一方的に暴行を受けた被害者であることを説明しましたが、3人の刑事は、息子の被害の訴えにメモでさえ取らず、
息子を痴漢の被疑者として、朝4時頃まで取調べを行いました。
その結果、信助は自分の無実の訴えが通り、後日新宿署に暴行の被害届を提出することになったものの、刑事の「お互いに訴えあえ」「証人として、駅員さんに話を聞く」等の言葉に、自分の前途を悲観して、また長時間の取調べに依り、心身ともに疲れ果て、翌朝自殺に追い込まれました。

さらに警察は、亡くなった信助を、痴漢の被疑者と認定して書類送検し、一方で、息子が必死で訴え続けていた暴行事件については、捜査を行わないまま、書類送検も行わず、事件として終わらせてしまいました。

私がその夜、息子の身に何が起きたのかを詳しく知ることができたのは、息子が英会話の勉強のために持ち歩いていたボイスレコーダーを、私に残してくれていたからです。
新宿西口交番と新宿警察署の取調べの一部始終を録音した息子のボイスレコーダーには、突然の暴行によって傷ついた身体の手当てもされず、
自分は110番通報した被害者だと説明しても、訴えを取り上げず、電話も許されず、身に覚えのない痴漢の被疑者として一方的に追及され、どんどん衰弱していく息子の声が収められています。

息子の人生は、希望に向かって歩み始めたばかりでした。
息子は意志の強い努力家で、JAXAに入る時には、一日15時間も勉強していたことを、親友の方から教えて頂きました。
息子がいなくなり、初めてむすこの部屋に入りましたら、部屋中本がいっぱいで、資格試験の参考書が積まれていました。
事件の前月には情報処理技術者の資格も取得していました。他にもまだまだ人生で挑戦したいことが沢山ありましたし、
「将来、早稲田大学に奨学金をつくりたい」などの夢もありました。

昨年の12月27日の警視庁通信指令本部の証拠保全の検証において、「お腹を触られた」被害を申告した女性が、事件の翌朝前には、「(息子は)人違いだった」と証言していた事実が明らかになりました。人違いであることが判っていながら、1月29日に、息子を、「東京都迷惑防止条例の被疑者」として、書類送致した新宿署の行為は、犯罪と言わざるを得ません。
この度、国賠を提訴したのは、息子の名誉の回復のためと、この国の警察の捜査によって、息子のような被害者を二度と出してはいけないという思いからです。どうぞ、皆様のお力を私にお貸しください。よろしくお願いいたします。

4月30日は息子の誕生日でした。
生きていれば27歳になっていたはずでした。
今年は息子に「国賠を提訴した」ことを伝えることができました。
今年は息子に「お誕生日おめでとう」と言うことができました。

昨年の12月11日に、同僚の方々から頂いたドラセナ・サンデリアーナは、今日も元気に葉を伸ばしています。
1月11日に頂いた猫柳も帽子を脱いで、可愛い姿を見せてくれています。
息子の名誉を回復する第一歩を祝福してくれているかのように見えます。


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。

2011年4月23日土曜日

目撃者を探しています! 4/20 追記

原田です。

皆様から沢山のコメントや励ましのお言葉をいただき感謝しています。
現在10325名の方々から、ご署名をいただくことができたのは、皆様の応援のお陰です。
ご支援くださる皆様、本当にありがとうございます。

4月11日に早稲田大学大隈講堂前にて、息子の事件を知って頂くための呼びかけを行いました。
応援にきてくださった方々、お話を聞いてくださった皆様に御礼申し上げます。

皆様に今日は、一昨年の息子の事件からの経緯をお伝えしようと思います。
ご支援くださる方がお作りくださった纏めブログ「新宿駅痴漢冤罪暴行事件」でもご掲載頂いております。

【事件の推移】

■2009年12月10日~11日
午後11時頃、歓迎会から帰宅するために新宿駅構内を通行中だった息子は、女子大学生の(お腹を触った)痴漢犯人とされ、女子大学生の友人の男子大学生に階段から引き落とされ、一方的な暴行を受けた。
息子は110番通報をしたが、駆けつけた駅員・警察官より、痴漢犯人として扱われ、新宿西口交番から、新宿警察署に任意同行された。
そして、新宿警察署では痴漢の被疑者として、明け方4時頃まで取り調べを受け、その後、息子は、新宿署内で休息を取り、5時45分頃警察署を出ると、電車に乗り早稲田駅に行き、午前6時40分、電車に轢かれ重態となり、東京女子医大に搬送された。
午後7時15分に私(原田尚美)の携帯電話に牛込警察署より電話があり息子の事故を知る。

■2009年12月12日
牛込警察署から、息子の持ち物らしきボイスレコーダーが落し物として届けられているとの連絡を受け、息子の声を確認して受け取る。
新宿警察署に電話をして、息子が何故、新宿署にいたのか、何時までお世話になっていたのか教えていただきたいと訊ねるも、「わからない」という答えしか返ってこないため、110番に通報して、きちんとした説明を求める。

■2009年12月13日
新宿警察副署長黄海氏より、私に電話があり、「息子さんと大学生3人との間でトラブルがあり、駅員に取り囲まれ、お腹を触られたんではないかとする痴漢容疑で新宿警察署(生活安全課)で事情聴取を受けるが、大勢の人間が行き交う新宿駅で、息子さんを痴漢と認定するのは無理という判断の元、痴漢容疑は晴れたが、その後、お互いの暴行容疑で事情聴取が続き、3時から4時ころ、『学校もあるだろうし、会社もあるだろうから、帰宅するように』と言われ、大学生は帰ったが、息子さんは休ませてくれ、と言って2階のソファーで休んだ。
息子さんが署を出たのは5時15分・・・5時から6時半くらいの間かな。誰かが付きっきりでいた訳ではないので、正確な時間は分からない」と説明があった。
私が「息子はケガをしておりませんでしたか?」と訊ねたところ、「外傷はありませんでした」と答えた。(※この電話の内容は、翌2010年1月11日の新宿警察署での会見の際、黄海氏本人に確認しています)

■2010年1月9日
新宿警察署副署長より電話。1月11日に会うこととなる。

■1月11日
新宿警察署にて、黄海氏と生活安全課課長菅原氏と会見。
「息子さんは(痴漢容疑の)犯人ではない」と言われ、ボイスレコーダーの提出を求められる。
黄海氏の説明では、「息子と、息子と組み合った男子大学生一名のみが事情聴取を受け、女子大学生ともう一人の男子大学生は参考人、誰からも被害届は出ていない」と言われる。
事件当夜、息子が暴行を受けた現場からかけた110番通報の内容と、受けた暴行の内容については、後日確認後に連絡をいただいて、息子の代わりに私が暴行の被害届を出すことになった。

■1月28日
新宿警察署の生活安全課課長から電話があり、息子を東京都の迷惑防止条例(痴漢)の被疑者と認定し、書類送致するとのこと。
女子大学生の被害届が出されているのか訊ねたが、有無について明言を避けられ、また「新宿署として認定した」と言われた。

■2月1日
同じく新宿警察署の生活安全課課長から電話。1月29日に息子を東京都の迷惑防止条例の被疑者として、東京地検に書類送致したとのことであった。
暴行容疑の事情聴取での調書は存在するのかと訊ねたところ、調書は存在しないと説明したはずであると返答。
■2月25日 
JR東日本、機器管理室のお●●い氏から、東京都個人情報開示課のK氏に連絡があり、
「平成21年12月10日の新宿駅の防犯カメラの映像は、警察のほうから証拠保全の指示がなかったので、消してしまってありません。」(※1)

■2月25日
新宿警察署に、息子に代わって被害届を提出しようとしたが、拒否された。

JR新宿駅駅長室で助役さんに、12月10日の日誌を見せていただく。
[12月10日・8号ホーム23:05迷惑行為で110番]との記載を確認。
暴行現場である階段の上に設置された防犯カメラは「階段の下まで写すカメラ」であることを教えていただく。
新宿駅でのチラシ配りの許可はいただけなかった。
■3月1日
警視庁情報公開センターに息子の「110番通報」の開示を請求。

■3月11日
新宿駅でチラシを配り始める。

■3月16日
東京都庁個人情報開示課へ、「110番通報」の開示請求について相談に伺う。

■3月18日
弁護士に「110番通報」の開示請求のため「23条照会」をかけていただく。(3月24日付照会)

■3月23日
新宿警察署に男子大学生を住所氏名不詳のまま暴行容疑で告訴しようとしたが拒否される。
暴行現場である階段の手前に、新しい階段が完成。

■4月6日
東京地方検察庁に弁護士と告訴状を持参。

■4月8日
新宿警察署から「郵送した告訴状を返送する」と2度めの告訴拒否の連絡を受ける。

■4月12日
目撃者探しのためのブログを開設。

■4月20日
検察庁から電話。検察庁は告訴を受理する方向で動く旨および証拠としてボイスレコーダーを提出してもらいたいという要請を受けた。

■4月23日
息子が11時27分にかけた「110番通報の記録」が一部開示された。(4月19日付回答)

■4月27日
検察庁から電話。都の迷惑防止条例の不起訴記録は非開示と連絡を受ける。

■5月25日 検察庁から「男子大学生に対する告訴状は受理されている」旨の連絡を受ける。

【メディアの報道と警察署・JRのコメントの変遷】
■5月7日
夕刊フジに記事掲載。

■5月17日
週刊ポストに記事掲載。

■5月20日
産経新聞に記事掲載。
同署(新宿署)によると女性は触ったという人物の顔を見ていない。
唯一の物証は防犯カメラの映像だという。
「女性の『(誰かに)触られた』という証言は信用できる。すれ違った瞬間はカメラの死角だが、証言と同じタイミングで触れる人は原田さんしか写っていない。証言と映像で複合的に判断した」と説明する。
「本来は立件するような事案ではなかった。母親の『暴行』との訴えや、相手の女性の気持ちも考慮した結果白黒つけるべき話になった」
「(大学生の行動は)痴漢の行為を引き留める行為の一環」

■5月25日
週刊女性に記事掲載。
【新宿署のコメント】
「痴漢と暴行をセットで捜査して終了した」
「原田さんが亡くなったことは、大変お気の毒ですが、本件については必要な捜査を適正に行ったあとに送致しております」

【JR東日本のコメント】
「社員が現場に駆けつけたときは、1人の男性が馬乗りになって押さえつけていた、とのことです。痴漢ではなく、トラブルとして対処した、と聞いています」
■6月14日
フジテレビ:スーパーニュースで放送。

■6月15日
司法記者クラブで記者会見。
ニコニコ動画で生放送。
TBSニュース23で放送。
■6月16日
産経新聞に記事掲載。
毎日新聞に記事掲載。
共同通信社にて記事配信。

■6月21日
【JR新宿駅駅長室】
『駅助役の話』
[12月10日・8号ホーム23:05迷惑行為で110番]について
「迷惑行為といっても喧嘩、痴漢など色々ある」(A助役)
「社員が現場に行って確認してから110番通報をしている」(A助役)

■6月28日
【JR新宿駅駅長室】
『駅助役の話』
「JRの社員が現場に行き、女性から『痴漢』と言われたので、8号ホームから別の社員が警察に通報した。」(A助役)
「『迷惑行為』とは『痴漢行為』を指していう」(他の職員)
「警察官に引き渡した時間は、通常だと110番通報をしてから10分か15分後になる」(A助役)

「(テレビの警察のコメントのあった)息子が駅員の方の名札を奪ったというのは本当ですか」  という質問に
「警察に聞いてもらいたい」(A助役)
「事実です」(他の職員)

■7月7日
目撃者の証言等から、「息子のかけた110番通報」は11時過ぎ頃と判明し、二度目の「23条照会」をかけていただく。

■8月11日
警視庁・新宿警察署及びJR東日本への【質問状】を送付する。

■8月13日
息 子が11時20分にかけた「110番通報の記録」が開示された。「応答した直後に無言のまま切断されています」という内容だった為、通信指令センターの山岸氏と会話をした最初の「110番通報の記録」を開示請求のため、三度めの「23条照会」をかけていただくことになる。
■8月24日
JR東日本からの【回答】が届く。
公開質問状の回答から(一部抜粋)
「現在は警察当局に提出しました防犯カメラの映像は返却され、当社で所持しております」とのこと 
※1 2月25日の回答では警察から証拠保全の指示がなかった為、消去して無いとの回答

ニコニコ動画で二度目の生放送。

■9月11日
警視庁新宿警察署からの【回答について】が届く。
警視庁新宿警察署からの【回答について】は、【回答について】は回答できないという内容。

■9月29日
故黒木昭雄氏と初めて面会。

■10月18日
新たな目撃者の目撃証言を代理人の弁護士が検察庁特捜部佐藤検事に提出。

■10月19日
新宿駅の事件現場で何時もの様にポスターを掲げて立っていたところ駅員が現れ
「こんなところに立っていないで、改札の外へ行ってください」と言われる。

■10月20日
事件現場で一人で立っていたところ、突然駅員が現れ至近距離より写真を撮られる。
「私には肖像権がありますので、その写真はお返しください」と言ったところ駅員は 「私はあなたを撮ったのではない。工事中の現場の写真を撮っただけです」と言い残し、逃げるように駅長室に入る。

■10月26日
再度、JR新宿駅のU助役に写真を撮られる。
一緒にいた人も2回フラッシュを浴び、20日と同様に、写真を返却するよう言ったが、「あなた達を撮ったのではない。構内の写真を撮っただけです」との返答。

■11月1日
午後4時に故黒木昭雄氏と最後の会話。
原田:「明日メールをお送りいたします」
黒木:「わかりました」

■11月6日 
夕刊フジ 「目撃者現れ新展開」
産経新聞MSNニュース に掲載。

■12月2日
午後1時:東京地方裁判所の決定の元、証拠保全の検証を行うため、裁判官・書記官・弁護士の先生・カメラマンの方が東京都警視庁通信指令本部に出向く。
しかし、警視庁は、「人手が足りない」「業務に支障をきたす」等の理由で、証拠保全の検証手続きを12月27日に先送りにする。

■12月6日~9日
「日刊サイゾー」にて
「短期集中連載」発生から1年「新宿駅痴漢冤罪暴行事件」の闇 ①~④が掲載される。

■12月7日
警察が信助さんを痴漢の犯人と断定した根拠とされる「新宿駅の監視カメラの映像」を、JR東日本に証拠保全に出向くも、提出された証拠はデータをVHSのテープにコピーした不鮮明な映像であり、しかも、事件が発生したと言われている時間とは違うものであった

■12月10日
ニコニコ生放送にて一周忌企画として三度目の生放送
「痴漢と呼ばれ自殺~1年前の夜、新宿駅で何が起きたのか?」

出演者)
津田大介(メディアジャーナリスト)(@tsuda)
原田尚美(信助さんの母親)
江川紹子(ジャーナリスト)(@amneris84)
小川健(夕刊フジ記者)(夕刊フジ公式サイト:ZAKZAK)

■12月11日
信助さんの一周忌法要が行われる。
■12月14日
夕刊フジ 及び ZAKZAKにて記事掲載
【夕刊フジ編集局から】ジャーナリスト江川紹子も追い続けるJR新宿駅・突然痴漢容疑で自殺

■12月15日
東京地検は、息子を暴行の被害者とする、告発を「嫌疑なし」「証拠なし」として、立件しないと決める。

■12月17日
夕刊フジ 及び ZAKZAKにて記事掲載
【夕刊フジ編集局から】亡き息子の痴漢えん罪を訴えた母の願い

■12月27日
午後1時:東京地方裁判所の決定の元、証拠保全の検証を行うため、裁判官・書記官・弁護士の先生・カメラマンの方が再度、東京都警視庁通信指令本部に出向く。
警視庁は、音声の記録は提出せず、文書の記録をコピーした紙を提出する。
警視庁の提出した記録により、事件の翌朝4時30分には、被害女性が「(息子は)人違いだった」と証言していたことが判明する。
2011年
■ 3月4日
真実を明らかにするために、この度、東京地方検察庁に対し、要望書を提出
要望書「新宿駅痴漢冤罪事件、事件記録閲覧の申請に関して」(PDF形式)
支援:犯罪被害者家族の会Poena 
■ 3月10日
警視庁情報公開センターに息子の写っている「牛込署の保有する防犯カメラの映像」の開示を請求。

■ 3月31日
犯罪被害者家族の会Poena 代表の小林邦三郎氏にご同行頂いて、検察庁にて「新宿駅の防犯カメラの画像」の開示請求書を提出する。
刑事部高橋検事より、【要望書】の質問に対して「検察庁の捜査に違法性はない」という回答がある。
警視庁に「牛込署の保有する東京駅から大手町駅間の息子が写っている防犯カメラの映像」の開示を再度請求。
中野寛成国家公安委員長宛に【要望書】を提出する。

■ 4月4日
警視庁情報公開センターより、息子の写っている「牛込署の保有する防犯カメラの映像」の開示は刑事訴訟法第53条により開示できないと回答が届く。

■ 4月7日
国家公安委員会より、四行の手紙が届く。 

【4月7日付けで届いた国家公安委員会からの手紙】
 ご子息を亡くされましたことにつき、心からお悔やみ申し上げます。
 原田様からの書面を拝見しましたが、国家公安委員会は警察庁を管理する行政委員会であり、ご要望には応じられませんので、ご理解いただきたいと存じます。
  平成23年4月7日                                                  国家公安委員会


4月30日は息子の誕生日です。生きていれば、27才になるはずでした。
転職した大学の職場にも慣れていた頃と思います。
昨年の4月30日は、新宿駅で目撃者探しの呼びかけをしているところに、夕刊フジの記者の方が取材に来てくださいました。
今年も、息子の遺志である目撃者探しをしようと考えています。                                         


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。

2011年4月10日日曜日

目撃者を探しています! 4/10追記

原田です。

皆様から沢山のコメントや励ましのお言葉をいただき感謝しています。
現在10310名の方々から、ご署名をいただくことができたのは、皆様の応援のお陰です。
ご支援くださる皆様、本当にありがとうございます。

皆様に今日は、3月31日の出来事をお伝えしようと思います。

3月25日に検察庁記録課の鈴木氏より、「新宿駅の防犯カメラのコマ送りの画像の開示請求をされるなら、訪庁してください。その時に、刑事部の担当検事から、原田さんの要望書の質問にお答えします」というご連絡がありました。
小林邦三郎様にご同行頂いて、3月31日にお伺いしました。

記録課で「息子が写っている新宿駅の防犯カメラのコマ送りの画像」の開示請求書を提出しました。
その後、刑事部の高橋検事と会見し、3月4日付で鈴木和宏検事正へ送付した
【要望書】の質問
 1.捜査の問題はなかったのでしょうか。
 2.息子の死亡後の被疑者としての書類送致について,問題はないとお考えでしょうか
  についてご説明を頂きました。

小林氏は「四十九日経ってから、被疑者として書類送致した新宿署の行為について」ご質問くださいました。
私も「暴行した事実があるのに、学生を書類送致しない新宿署の行為について」質問しました。
「検察庁に送られた息子さんの事案を『不起訴』にした件については、検察庁の行為に違法性はない」というご説明でした。
刑事訴訟法第47条・第246条・第339条をコピーしたものをお渡し頂いて、
「第246条により、新宿署の書類送致が必要であった」というご説明を受けましたが、「それでは学生の書類送致がされていないのは、職務怠慢ではないでしょうか」という質問には、明確なご回答を頂くことはできませんでした。

次に、警視庁に伺いました。
3月10日に警視庁情報公開センターに「牛込署が保管している、東京駅から大手町駅までの地下通路内のビデオ映像のうち、原田信助の歩行状況が映っている、2009年12月11日6時17分から6時26分までのもの」を開示請求に伺いましたが、「ご本人以外には開示できない」ということで、開示請求書を提出することもできませんでした。
小林様が、情報公開センターの職員の方々に、「事件とは別の映像であるから、開示できない理由はない」ことをお話くださいましたが、「法により開示できない」ということで、後日文書にてご回答頂くことになりました。

最後に総務省に伺い、3月17日付けで送付した【中野寛国家公安委員長への要望書】は、宛名が中野寛成氏のお名前に不備があったため、
回答期限を4月15日に変更の上、再度提出しました。
誠意あるご回答をお待ちしております。


4月11日午後3時から、息子の母校である早稲田大学の大隈講堂の前にて、事件解決に向けてご協力をお願いする街頭宣伝を行います。
お時間がございましたら、ぜひお立ち寄りくださいませ。


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。
 

2011年3月19日土曜日

中野寛国家公安委員長への要望書

原田です。

皆様から沢山のコメントや励ましのお言葉をいただき感謝しています。
現在10256名の方々から、ご署名をいただくことができたのは、皆様の応援のお陰です。
ご支援くださる皆様、本当にありがとうございます。

東日本大震災で被災された方々に、心からお見舞い申し上げます。
お亡くなりになった方々のご冥福をお祈り申し上げます。
行方のわからない方々が、無事にご家族の元へお帰りになられることを祈っております。

皆様に今日は、3月17日付けで送付した【中野寛国家公安委員長への要望書】を公開しようと思います。

 ●国家公安委員長 中野寛 様
                       2010年3月17日
【要望書】

前略 私は原田尚美と申します。

私の息子である原田信助(当時25才)は,平成21年12月10日午後11時過ぎ頃,帰宅のため,新宿駅構内を通行中に,見知らぬ大学生より,突然階段から引き落とされ、暴行を振るわれました。
信助が,その大学生の友人の女性に対して,「お腹のあたりを触る」痴漢行為をはたらいたというのです。
しかし,信助は非常に真面目で,女性に対して優しく,礼儀正しく,決して他人に危害を加えるような人間ではありません。また,信助が念願の新職場に就職したばかりで
当日は歓迎会の帰り道だったことも考えれば,信助が痴漢行為に及んだとはとても考えられず,痴漢の嫌疑は大変な間違いであったと言わざるを得ません。
そもそも「お腹のあたりを触る」痴漢行為というのはきわめて不自然ではないでしょうか。
仮にその大学生にとって信助が疑わしいと思われたのだとしても,事実の確認もせずに,信助に対して振るわれた暴行は,痴漢犯人の身柄を確保するという逮捕の目的をはるかに逸脱した,
過剰で違法な暴行です。

ところが,警察は,信助の被害の訴えを十分取り上げないまま,信助を痴漢行為の被疑者として深夜にわたり取調を行いました。その結果,信助は自分の無実の訴えが通り,後日,新宿警察に,
暴行の被害届を提出することにはなったものの,長時間の取調に拠り,精神的苦痛による心労から,翌朝,自殺に追い込まれました。

さらに,警察は,亡くなった信助を痴漢の被疑者として書類送検し,一方で,信助が必死で訴え続けていた暴行被害については,十分な捜査を行わないまま,書類送検も行わず,
事件として終わらせてしまいました。

信助本人は亡くなりましたが,だからといって,信助の受けた暴行被害が,社会的に不問に付されてよいはずがありません。信助は,今は何も語ることができませんが,当時は確かにはっきりと被害を訴え,加害者に対して処罰を求めていました。
私が恐れているのは,信助が亡くなっているがために,信助の受けた暴行被害までもが,存在しなかったものとしてうやむやにされることです。
事件発生直後に,駅の防犯カメラの事実確認がきちんとなされていれば,信助の受けた暴行被害は明らかですし,痴漢行為についての真実も明らかになっていたはずです。

信助の遺志に沿うべく,私は東京地方検察庁に告訴状を提出し,ようやく受理されましたが,2010年12月15日に,特捜部岸毅検察官より,「嫌疑なし」「証拠なし」というご連絡の元,
「不起訴」処分の通知が届きました。

唯一の肉親として,息子・信助がどのような疑いをかけられ,どのような取り調べを受けたのかなど,その事実確認を捜査機関に対して行なうことは遺族の知る権利であると考え,
2010年8月11日に,警視庁に対して,質問状を送りました。(添付資料:1)

ところが,9月10日付けで届いた警視庁からの回答は,「個別事件の捜査に関する事項につき、回答は差し控えさせていただきます。」というものでした。(添付資料:2)

今年の2月8日に,東京地検に対して,息子が暴行を受けた現場である,JR新宿駅の防犯カメラの映像と,息子が暴行を受けた証拠として,2009年12月11日の朝4時頃,
新宿警察署のやすひら氏により撮られた,息子の全身写真の開示請求を求める要望書を送付しました。(添付資料:3)

検察庁記録課の職員の方の,情報開示請求に対する回答の変遷(添付資料:4)の理由を伺うべく,3月4日付けで,東京地検鈴木和宏検事生宛に「要望書」を送付したところ,
8日に記録課の鈴木氏より,ご連絡があり、「要望書の質問には,記録課として回答できないので,「要望書」は刑事課へ引き継ぎました」とのことでした。 
息子を,痴漢の被疑者と認定した根拠とされる,防犯カメラの映像の開示を拒み,また,息子が,暴行を受けた証拠として,撮られた写真を,隠匿する検察庁と警視庁の行為は,
不透明と言わざるを得ません。

尚,2010年12月27日の,東京地裁による,警視庁への証拠保全の検証により,2009年12月11日には,痴漢被害を申告したという女性が,
「(息子は)人違いだった」と,証言した記録があります。(添付資料:5)
人違いであると知りながら,痴漢の被疑者として,検察庁に書類送検した,新宿警察署の行為は,社会的な問題であると言わざるを得ません。

3月8日付けで,検察庁に対し,息子・信助が写っている,新宿駅の防犯カメラの映像と,写真の開示請求をしましたが,未だに回答がありません。(添付資料:6)
中野国家公安委員長様には,この事案が,社会的に大きな問題であることを認識して頂き,検察庁に,証拠の閲覧,及び謄写の申請に,お力添えを頂きたく,お願い申し上げます。

つきましては,2011年3月31日(木曜日)までに,以上の要望事項に応じて頂けるか否かを文書にてご回答ください。
回答文書の送付先は,下記にお願いします。
       
     〒●●●-●●●●
     ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●     
      
  以上, よろしくお願い申し上げます。

   原田 尚美


東日本では物資の不足が相次ぎ、都心でもお米やペーパー類が入手困難になりました。
3月11日から、ツイッターは休止しています。
被災地の方々の通信手段が復旧した時に、再開しようと考えています。


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。

2011年3月9日水曜日

東京地検とのやりとりについて 3/7 追記

原田です。

皆様から沢山のコメントや励ましのお言葉をいただき感謝しています。
現在10239名の方々から、ご署名をいただくことができたのは、皆様の応援のお陰です。
ご支援くださる皆様、本当にありがとうございます。

前回の追記でお伝えしました小林邦三郎様は、ご子息の魂の安息のために、私のような犯罪被害者の遺族のために、15年間、関係機関に正義を訴えて来られた方です。
新宿駅で目撃者探しを始めた3月11日から、池袋駅で15年間目撃者を探しておいでの小林様の噂はよく聞いておりました。
「息子を失った同じ悲しみを共有できるこの方に是非お会いしたい」という思いが叶い、今年の1月20日に新宿駅でお会いすることができました。
小林様にお力添えを頂き、新宿駅の防犯カメラの映像と息子の写真を閲覧させて頂くよう、検察庁にお願いをしてきました。
当初は、「当庁に手続きに赴いてください。」というご回答でしたが、現在は「閲覧・謄写はできません。」という回答に変わりました。
皆様に今日は、3月4日に 鈴木和宏 検察正 宛てに【要望書】を送付した経緯をお伝えしようと思います。

 ●東京地方検察庁 検事正 鈴木和宏 様

                                   2011年3月4日

 【要望書】

 前略 私は原田尚美と申します。

 私の息子の原田信助は、「2009年12月10日午後11時すぎに,JR新宿駅の15、16番線ホームの階段または通路付近にて、たまたますれ違った3名(男性2名、女性1名)の大学生グループに
 ちかんの疑いをかけられ暴行されました」(以下、「事件」とします)。
 その後、息子・信助は、新宿駅西口交番を経由して新宿警察署に連行され、「事件」に関する取り調べを受け,警察を出たのは午前5時45分でした。
 心身ともに追い詰められた息子・信助は,2009年12月11日午前6時40分ごろ,東京メトロ東西線 早稲田駅のホームで自ら死に追い込まれました。

 唯一の肉親として、息子・信助がどのような疑いをかけられ、どのような取り調べを受けたのかなど、その事実確認を捜査機関に対して行なうことは遺族の知る権利であると考えております。
 つきましては、2011年3月11日(金曜日)まで」に以下の要望に対して文書にてご回答ください。
 回答文書の送付先は,下記にお願いします。

      〒●●●ー●●●●      
      
      ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●     
      
      原田 尚美

 【2月8日付けで,検察庁に送付した申請書】
 
 ●東京地方検察庁 御中
                                   2011年2月8日

2月2日に小林邦三郎様が,検察庁記録課に問い合わせをされたところ,2009年12月10日事件当日のJR新宿駅の,息子が写っている防犯カメラの映像が,検察庁にあるというお話でした。
 そして,遺族である私が申請書を提出すれば,見せることを検討する旨お答え頂いたということを伺いました。

[1]息子がJR新宿駅の西口改札を入る時の映像と,暴行を受けた現場である15・16番線ホームへ昇降する階段の上に設置された防犯カメラの23時頃から23時30分頃までの映像と,
 暴行を受けた後に,西口交番に連行される時の映像は,検察庁にあるのでしょうか。
 映像が「有る」のなら、その映像を閲覧することは可能でしょうか。
 可能でしたら,小林邦三郎様他一名ご同席の上,閲覧をお願い申し上げます。
[2]暴行の証拠として,12月11日に,新宿署にて撮影された息子の写真が,検察庁にあることを,元新宿警察署黄海副署長から伺っております。
 息子の写真を確認させて頂くことは可能でしょうか。
 以上 よろしくお願い申し上げます。

 【2月10日付けの,検察庁からの回答】
 
 ●東京地方検察庁統括検務官(記録担当)

 記録の閲覧申請について

 平成23年2月8日付け「申請書」と題する書面でお尋ねの件について,記録の閲覧申請は,申請者が御本人であること及び申請目的等の確認が必要であるため,身分を証明するもの及び印鑑を
 持参の上,当庁に赴き,所定の申請用紙に閲覧対象記録,閲覧目的,事件当事者との関係等を記入して提出していただく必要があります。
 前記書面では,御本人であること等の確認ができませんので,申請を希望されるのであれば,当庁に赴き申請願います。
 なお,昨年,貴殿の委任を受けた代理人弁護士から記録の閲覧申請を受けたことがありましたが,その際は閲覧不許可とされていますので申し添えます。

 【2月22日に小林邦三郎様と検察庁に伺い,宮倉事務官・鈴木氏と面談しました】

 この日,息子の写真と,新宿駅の防犯カメラの映像をコマ送りにした画像は,記録課にあることを,宮倉事務官より伺いました。
 両方とも閲覧の手続きをするか否か,訊ねられましたので,「コマ送りの画像ではなく,証拠課の方で保存されている映像を閲覧させて頂きたい」旨お伝えし,
 息子の写真を閲覧するため必要と言われた書類を提出しました。
 「証拠課」に保存されている,「新宿駅の防犯カメラの映像」閲覧申請の手続きに付いては,一週間以内に文書にて回答くださることになりました。

 【2月28日の鈴木氏からのご連絡】

 記録課の鈴木氏より,電話にてご連絡がありました。
 「写真の閲覧はできません。理由に付いては,本日,回答を投函しましたので,着き次第,ご確認ください。」
 「映像は元々閲覧できないものなので,文書にて回答する必要はありません。」

 【2月28日付けの,検察庁からの回答】
 
 ●東京地方検察庁総務部長 片岡 弘

 不起訴記録閲覧・謄写申出について(回答)

 平成23年2月22日付け貴殿から申出のありました原田信助に対する公衆に著しく迷惑のかける暴力的不 良行為等の防止に関する条例違反被疑事件の不起訴記録の閲覧・謄写については,
 刑事訴訟法第47条の趣旨に基づき,貴意に応じかねます。

 以上の経緯を顧みますと,2月10日には「閲覧の手続きに当庁してください。」ということでしたが,
 2月28日には,「映像は元々閲覧できないものである。息子の写真は,刑事訴訟法第47条の趣旨に基づき 開示できない」と回答が変遷しています。
 この変遷の理由を,文書にてご回答いただきたくお願い申し上げます。

 息子が自ら命を絶ってしまったことは,とても信じることができませんでした。
 昨年の1月11日に,新宿警察署にて,息子の写真を閲覧させて頂いた時に,初めて息子が自ら命を絶って しまったことが分かりました。
 写真の息子は,正気ではありませんでした。
 信じられない出来事の連続と,学生らから受けた暴行のダメージと,そして何より助けに来てくれた筈の警  察官らの対応が,正気を逸した理由でしょうか。
 私は真実を知りたいのです。
 JRの真正の映像を,検察官立会いの元,閲覧するご許可を頂きたくお願い申し上げます。

 1.捜査の問題はなかったのでしょうか。
 2.息子の死亡後の被疑者としての書類送致について,問題はないとお考えでしょうか。

 上記に付いても,大いに疑問を感じております。
 この2点に付きましても,合わせて文書によるご回答を頂きたくお願い申し上げます。


☆黒木昭雄氏は、「信助さんの事件は、村木さんの事件に勝るとも劣らない大冤罪事件です。」と憤慨してくださいました。
☆黒木氏のおっしゃっていた【明らかなる冤罪】を露呈しても尚、証拠を隠そうとする警察と検察に正義はあるのでしょうか。


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。
 

東京地検とのやりとりについて 3/7 追記

原田です。

皆様から沢山のコメントや励ましのお言葉をいただき感謝しています。
現在10239名の方々から、ご署名をいただくことができたのは、皆様の応援のお陰です。
ご支援くださる皆様、本当にありがとうございます。

前回の追記でお伝えしました小林邦三郎様は、ご子息の魂の安息のために、私のような犯罪被害者の遺族のために、15年間、関係機関に正義を訴えて来られた方です。
新宿駅で目撃者探しを始めた3月11日から、池袋駅で15年間目撃者を探しておいでの小林様の噂はよく聞いておりました。
「息子を失った同じ悲しみを共有できるこの方に是非お会いしたい」という思いが叶い、今年の1月20日に新宿駅でお会いすることができました。
小林様にお力添えを頂き、新宿駅の防犯カメラの映像と息子の写真を閲覧させて頂くよう、検察庁にお願いをしてきました。
当初は、「当庁に手続きに赴いてください。」というご回答でしたが、現在は「閲覧・謄写はできません。」という回答に変わりました。
皆様に今日は、3月4日に 鈴木和宏 検察正 宛てに【要望書】を送付した経緯をお伝えしようと思います。

 ●東京地方検察庁 検事正 鈴木和宏 様

                                   2011年3月4日

 【要望書】

 前略 私は原田尚美と申します。

 私の息子の原田信助は、「2009年12月10日午後11時すぎに,JR新宿駅の15、16番線ホームの階段または通路付近にて、たまたますれ違った3名(男性2名、女性1名)の大学生グループに
 ちかんの疑いをかけられ暴行されました」(以下、「事件」とします)。
 その後、息子・信助は、新宿駅西口交番を経由して新宿警察署に連行され、「事件」に関する取り調べを受け,警察を出たのは午前5時45分でした。
 心身ともに追い詰められた息子・信助は,2009年12月11日午前6時40分ごろ,東京メトロ東西線 早稲田駅のホームで自ら死に追い込まれました。

 唯一の肉親として、息子・信助がどのような疑いをかけられ、どのような取り調べを受けたのかなど、その事実確認を捜査機関に対して行なうことは遺族の知る権利であると考えております。
 つきましては、2011年3月11日(金曜日)まで」に以下の要望に対して文書にてご回答ください。
 回答文書の送付先は,下記にお願いします。

      〒●●●ー●●●●      
      
      ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●     
      
      原田 尚美

 【2月8日付けで,検察庁に送付した申請書】
 
 ●東京地方検察庁 御中
                                   2011年2月8日

2月2日に小林邦三郎様が,検察庁記録課に問い合わせをされたところ,2009年12月10日事件当日のJR新宿駅の,息子が写っている防犯カメラの映像が,検察庁にあるというお話でした。
 そして,遺族である私が申請書を提出すれば,見せることを検討する旨お答え頂いたということを伺いました。

[1]息子がJR新宿駅の西口改札を入る時の映像と,暴行を受けた現場である15・16番線ホームへ昇降する階段の上に設置された防犯カメラの23時頃から23時30分頃までの映像と,
 暴行を受けた後に,西口交番に連行される時の映像は,検察庁にあるのでしょうか。
 映像が「有る」のなら、その映像を閲覧することは可能でしょうか。
 可能でしたら,小林邦三郎様他一名ご同席の上,閲覧をお願い申し上げます。
[2]暴行の証拠として,12月11日に,新宿署にて撮影された息子の写真が,検察庁にあることを,元新宿警察署黄海副署長から伺っております。
 息子の写真を確認させて頂くことは可能でしょうか。
 以上 よろしくお願い申し上げます。

 【2月10日付けの,検察庁からの回答】
 
 ●東京地方検察庁統括検務官(記録担当)

 記録の閲覧申請について

 平成23年2月8日付け「申請書」と題する書面でお尋ねの件について,記録の閲覧申請は,申請者が御本人であること及び申請目的等の確認が必要であるため,身分を証明するもの及び印鑑を
 持参の上,当庁に赴き,所定の申請用紙に閲覧対象記録,閲覧目的,事件当事者との関係等を記入して提出していただく必要があります。
 前記書面では,御本人であること等の確認ができませんので,申請を希望されるのであれば,当庁に赴き申請願います。
 なお,昨年,貴殿の委任を受けた代理人弁護士から記録の閲覧申請を受けたことがありましたが,その際は閲覧不許可とされていますので申し添えます。

 【2月22日に小林邦三郎様と検察庁に伺い,宮倉事務官・鈴木氏と面談しました】

 この日,息子の写真と,新宿駅の防犯カメラの映像をコマ送りにした画像は,記録課にあることを,宮倉事務官より伺いました。
 両方とも閲覧の手続きをするか否か,訊ねられましたので,「コマ送りの画像ではなく,証拠課の方で保存されている映像を閲覧させて頂きたい」旨お伝えし,
 息子の写真を閲覧するため必要と言われた書類を提出しました。
 「証拠課」に保存されている,「新宿駅の防犯カメラの映像」閲覧申請の手続きに付いては,一週間以内に文書にて回答くださることになりました。

 【2月28日の鈴木氏からのご連絡】

 記録課の鈴木氏より,電話にてご連絡がありました。
 「写真の閲覧はできません。理由に付いては,本日,回答を投函しましたので,着き次第,ご確認ください。」
 「映像は元々閲覧できないものなので,文書にて回答する必要はありません。」

 【2月28日付けの,検察庁からの回答】
 
 ●東京地方検察庁総務部長 片岡 弘

 不起訴記録閲覧・謄写申出について(回答)

 平成23年2月22日付け貴殿から申出のありました原田信助に対する公衆に著しく迷惑のかける暴力的不 良行為等の防止に関する条例違反被疑事件の不起訴記録の閲覧・謄写については,
 刑事訴訟法第47条の趣旨に基づき,貴意に応じかねます。

 以上の経緯を顧みますと,2月10日には「閲覧の手続きに当庁してください。」ということでしたが,
 2月28日には,「映像は元々閲覧できないものである。息子の写真は,刑事訴訟法第47条の趣旨に基づき 開示できない」と回答が変遷しています。
 この変遷の理由を,文書にてご回答いただきたくお願い申し上げます。

 息子が自ら命を絶ってしまったことは,とても信じることができませんでした。
 昨年の1月11日に,新宿警察署にて,息子の写真を閲覧させて頂いた時に,初めて息子が自ら命を絶って しまったことが分かりました。
 写真の息子は,正気ではありませんでした。
 信じられない出来事の連続と,学生らから受けた暴行のダメージと,そして何より助けに来てくれた筈の警  察官らの対応が,正気を逸した理由でしょうか。
 私は真実を知りたいのです。
 JRの真正の映像を,検察官立会いの元,閲覧するご許可を頂きたくお願い申し上げます。

 1.捜査の問題はなかったのでしょうか。
 2.息子の死亡後の被疑者としての書類送致について,問題はないとお考えでしょうか。

 上記に付いても,大いに疑問を感じております。
 この2点に付きましても,合わせて文書によるご回答を頂きたくお願い申し上げます。


☆黒木昭雄氏は、「信助さんの事件は、村木さんの事件に勝るとも劣らない大冤罪事件です。」と憤慨してくださいました。
☆黒木氏のおっしゃっていた【明らかなる冤罪】を露呈しても尚、証拠を隠そうとする警察と検察に正義はあるのでしょうか。


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。
 

目撃者を探しています! 2/11 追記

原田です。

皆様から沢山のコメントや励ましのお言葉をいただき感謝しています。

皆様のお蔭で1月13日にご署名一万名に到達することができました。
ここに慎んで御礼申し上げます。
ツイッターを始めてから半年経ちましたが、2400名以上の方々からフォローして頂きました。
初めは一人で始めた活動でしたが、今では沢山の方々の応援を頂いています。
ご支援くださる皆様、本当にありがとうございます。

昨年の今頃は、一昨年の12月10日に新宿駅で関わってしまった方々のために、息子が帰宅することができなかった部屋に通っていました。
部屋中本だらけで、足の踏み場もないほどでした。
息子がたまに風邪をひいて自宅に夕食を取りに来れなかった時に、息子の部屋に夕食を届けに行ったことがありました。
部屋に入れてもらうことができませんでしたので、散らかっているんだろうと思っていました。
息子の部屋に入って初めて、私を入れなかったのではなく、入れることができなかったのだということが解りました。
机の上には、宅検・気象予報士・英検・証券アナリスト等の資格試験の教材が山積みにされていました。
事件の起きた一月前には、情報処理技術者の資格試験に合格していたことも、机の上の本の山の中にあった証書からわかりました。
10月に転職したばかりの大学の上司の方に「趣味は資格の取得です。」と話していたことを、12月のある日伺いました。
いつも何かにチャレンジしていた息子でした。

この頃、あるメディアの方から、国士舘大学野村講師の痴漢冤罪事件の解決にご協力された荒川区議の小坂英二先生のことを教えて頂きました。
初めて、小坂先生に息子の事件をお話した日、小坂先生は「何て酷い話なんだ。」と息子のために泣いてくださいました。
2月29日には、先生のブログに
【痴漢冤罪、そして自殺。目撃者を探しています】http://kosakaeiji.seesaa.net/archives/201002-1.html
という記事を掲載してくださいました。

皆様に前回の追記で昨年の1月11日のことをお伝えしましたので、今年の1月11日からの出来事をお伝えしようと思います。

■1月11日
昨年の1月11日から一年間、早稲田駅に献花に行きました。
ホームで息子に黙祷を捧げてから、早稲田駅の職員の方々に花束をお預かり頂いて、終電から始発までの間、線路に花束をおいて頂きました。
昨年の一周忌の法要の後に、息子の友人の方々と早稲田駅に献花に行き、早稲田駅の職員の方々に一年間の御礼をお伝えしました。
今年の1月11日は、息子が新宿駅で暴行を受けた階段の下に赴き、床に白い花束を置き、数分間、息子に黙祷を捧げました。
見知らぬ女性が「あなた大丈夫?」と言って肩にお手をかけてくださいました。
その後、息子が無理やり連行された西口交番に行きました。
なかに入ると、一人の警察官が「ご用件は?」と聞いてきましたので、
「息子の供養に伺いました。」とお答えしました。
そのまま床に花束を置き、数分間、亡き息子に黙祷を捧げました。昨年と同じく誰一人として話しかけてくる警察官はいませんでした。
そして、ふたたび花束と鞄を手に取り、交番を出て、タクシーに乗って新宿警察署を目指しました。
一階の受付はすでに終了していましたが、入り口の警察官に「そのまま2階にどうぞ。」と声をかけて頂いたので、階段で2階まで上がりました。

息子が午前4時頃、やすひら刑事から「原田さん、もう帰っていいですから。」と言われて連れてこられ、
わずかな仮眠をとった長椅子は綺麗なソファーに変わっていました。
私はソファーの上に花束を置き、数分間、息子に黙祷を捧げました。
私はそのソファーの前でいまさらながら、息子の無念を噛みしめていました。
息子は新宿警察署を出る前に、駅員たちに引っ張られたというネクタイを床に置いていました。
「よし行こう。」たった一言決心したように言うと、息子は新宿署を後にしたのです。

■1月20日
15年前のJR池袋駅暴行殺人事件の被害者のご遺族の方とお会いしました。
ツイッターで知り合った方から、ご連絡先を教えて頂きました。
新宿駅で目撃者探しをしているうちに、池袋駅で15年間も目撃者を探していらっしゃるご遺族のことを知り、以前からお会いしたいと思っていました。
この日、ご遺族の方のご協力の元、新宿駅の暴行現場で目撃者探しの呼びかけを行いました。
池袋駅で15年もの間、目撃者探しをされているご遺族を前に、新宿駅の助役さんは今回は突然写真を撮る等の行動にでることはありませんでした。
木曜日に通る目撃者の方にお会いすることができたのは、この方のお蔭です。
この方のご子息が事件に遭った4月には、池袋駅での呼びかけに私も協力させて頂くことをお約束しました。

■2月10日
昨日は事件のあった10日で木曜日でしたので、新宿駅に目撃者探しに行きました。
1月20日から、池袋暴行殺人事件のご遺族である小林邦三郎様にご協力頂いています。
先日はY助役に、「ここでそんなことをされては困ります。」というご指摘を受けましたが、昨日は予め駅長室に伺い、小林様が
1.池袋の事件も新宿の事件も駅構内で起きた事件であることから、JR側も責任を感じて協力するべきではないかということ。
2.駅長室日誌を再度検証させて頂きたい事。
3.防犯カメラの映像が鮮明であるのだから、12月7日に証拠として提出された不鮮明な映像ではなく、鮮明な映像を見せて頂きたいこと。
をお願いしてくださいました。

「ネットで事件を知りました。」「ツイッターで応援しています。」「ブログもツイッターも見ています。頑張ってください。」とお声をかけてくださった方が数名いらっしゃいました。
本当にありがとうございました。

昨年の12月7日のJR東日本と、12月2日・27日の警視庁における証拠保全の検証については、裁判所に証拠として提出するまでは、公開することができない性質のものだそうなので、
皆様に今はお伝えすることができません。
ほんの少し進展がありましたとご報告申し上げます。
ご報告できる時期がきましたら、このブログとツイッターの方からお伝えしたいと思います。

昨年の12月11日の息子の一周忌の法要の時に、息子の元同僚の方々から頂いた花輪の中のドラセナ・サンデリアーナは今も元気に葉を伸ばしています。
1月11日に頂いた猫柳は根を張り始めました。
いつまでも元気でいてほしいと思います。


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。