2011年3月19日土曜日

中野寛国家公安委員長への要望書

原田です。

皆様から沢山のコメントや励ましのお言葉をいただき感謝しています。
現在10256名の方々から、ご署名をいただくことができたのは、皆様の応援のお陰です。
ご支援くださる皆様、本当にありがとうございます。

東日本大震災で被災された方々に、心からお見舞い申し上げます。
お亡くなりになった方々のご冥福をお祈り申し上げます。
行方のわからない方々が、無事にご家族の元へお帰りになられることを祈っております。

皆様に今日は、3月17日付けで送付した【中野寛国家公安委員長への要望書】を公開しようと思います。

 ●国家公安委員長 中野寛 様
                       2010年3月17日
【要望書】

前略 私は原田尚美と申します。

私の息子である原田信助(当時25才)は,平成21年12月10日午後11時過ぎ頃,帰宅のため,新宿駅構内を通行中に,見知らぬ大学生より,突然階段から引き落とされ、暴行を振るわれました。
信助が,その大学生の友人の女性に対して,「お腹のあたりを触る」痴漢行為をはたらいたというのです。
しかし,信助は非常に真面目で,女性に対して優しく,礼儀正しく,決して他人に危害を加えるような人間ではありません。また,信助が念願の新職場に就職したばかりで
当日は歓迎会の帰り道だったことも考えれば,信助が痴漢行為に及んだとはとても考えられず,痴漢の嫌疑は大変な間違いであったと言わざるを得ません。
そもそも「お腹のあたりを触る」痴漢行為というのはきわめて不自然ではないでしょうか。
仮にその大学生にとって信助が疑わしいと思われたのだとしても,事実の確認もせずに,信助に対して振るわれた暴行は,痴漢犯人の身柄を確保するという逮捕の目的をはるかに逸脱した,
過剰で違法な暴行です。

ところが,警察は,信助の被害の訴えを十分取り上げないまま,信助を痴漢行為の被疑者として深夜にわたり取調を行いました。その結果,信助は自分の無実の訴えが通り,後日,新宿警察に,
暴行の被害届を提出することにはなったものの,長時間の取調に拠り,精神的苦痛による心労から,翌朝,自殺に追い込まれました。

さらに,警察は,亡くなった信助を痴漢の被疑者として書類送検し,一方で,信助が必死で訴え続けていた暴行被害については,十分な捜査を行わないまま,書類送検も行わず,
事件として終わらせてしまいました。

信助本人は亡くなりましたが,だからといって,信助の受けた暴行被害が,社会的に不問に付されてよいはずがありません。信助は,今は何も語ることができませんが,当時は確かにはっきりと被害を訴え,加害者に対して処罰を求めていました。
私が恐れているのは,信助が亡くなっているがために,信助の受けた暴行被害までもが,存在しなかったものとしてうやむやにされることです。
事件発生直後に,駅の防犯カメラの事実確認がきちんとなされていれば,信助の受けた暴行被害は明らかですし,痴漢行為についての真実も明らかになっていたはずです。

信助の遺志に沿うべく,私は東京地方検察庁に告訴状を提出し,ようやく受理されましたが,2010年12月15日に,特捜部岸毅検察官より,「嫌疑なし」「証拠なし」というご連絡の元,
「不起訴」処分の通知が届きました。

唯一の肉親として,息子・信助がどのような疑いをかけられ,どのような取り調べを受けたのかなど,その事実確認を捜査機関に対して行なうことは遺族の知る権利であると考え,
2010年8月11日に,警視庁に対して,質問状を送りました。(添付資料:1)

ところが,9月10日付けで届いた警視庁からの回答は,「個別事件の捜査に関する事項につき、回答は差し控えさせていただきます。」というものでした。(添付資料:2)

今年の2月8日に,東京地検に対して,息子が暴行を受けた現場である,JR新宿駅の防犯カメラの映像と,息子が暴行を受けた証拠として,2009年12月11日の朝4時頃,
新宿警察署のやすひら氏により撮られた,息子の全身写真の開示請求を求める要望書を送付しました。(添付資料:3)

検察庁記録課の職員の方の,情報開示請求に対する回答の変遷(添付資料:4)の理由を伺うべく,3月4日付けで,東京地検鈴木和宏検事生宛に「要望書」を送付したところ,
8日に記録課の鈴木氏より,ご連絡があり、「要望書の質問には,記録課として回答できないので,「要望書」は刑事課へ引き継ぎました」とのことでした。 
息子を,痴漢の被疑者と認定した根拠とされる,防犯カメラの映像の開示を拒み,また,息子が,暴行を受けた証拠として,撮られた写真を,隠匿する検察庁と警視庁の行為は,
不透明と言わざるを得ません。

尚,2010年12月27日の,東京地裁による,警視庁への証拠保全の検証により,2009年12月11日には,痴漢被害を申告したという女性が,
「(息子は)人違いだった」と,証言した記録があります。(添付資料:5)
人違いであると知りながら,痴漢の被疑者として,検察庁に書類送検した,新宿警察署の行為は,社会的な問題であると言わざるを得ません。

3月8日付けで,検察庁に対し,息子・信助が写っている,新宿駅の防犯カメラの映像と,写真の開示請求をしましたが,未だに回答がありません。(添付資料:6)
中野国家公安委員長様には,この事案が,社会的に大きな問題であることを認識して頂き,検察庁に,証拠の閲覧,及び謄写の申請に,お力添えを頂きたく,お願い申し上げます。

つきましては,2011年3月31日(木曜日)までに,以上の要望事項に応じて頂けるか否かを文書にてご回答ください。
回答文書の送付先は,下記にお願いします。
       
     〒●●●-●●●●
     ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●     
      
  以上, よろしくお願い申し上げます。

   原田 尚美


東日本では物資の不足が相次ぎ、都心でもお米やペーパー類が入手困難になりました。
3月11日から、ツイッターは休止しています。
被災地の方々の通信手段が復旧した時に、再開しようと考えています。


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。

2011年3月9日水曜日

東京地検とのやりとりについて 3/7 追記

原田です。

皆様から沢山のコメントや励ましのお言葉をいただき感謝しています。
現在10239名の方々から、ご署名をいただくことができたのは、皆様の応援のお陰です。
ご支援くださる皆様、本当にありがとうございます。

前回の追記でお伝えしました小林邦三郎様は、ご子息の魂の安息のために、私のような犯罪被害者の遺族のために、15年間、関係機関に正義を訴えて来られた方です。
新宿駅で目撃者探しを始めた3月11日から、池袋駅で15年間目撃者を探しておいでの小林様の噂はよく聞いておりました。
「息子を失った同じ悲しみを共有できるこの方に是非お会いしたい」という思いが叶い、今年の1月20日に新宿駅でお会いすることができました。
小林様にお力添えを頂き、新宿駅の防犯カメラの映像と息子の写真を閲覧させて頂くよう、検察庁にお願いをしてきました。
当初は、「当庁に手続きに赴いてください。」というご回答でしたが、現在は「閲覧・謄写はできません。」という回答に変わりました。
皆様に今日は、3月4日に 鈴木和宏 検察正 宛てに【要望書】を送付した経緯をお伝えしようと思います。

 ●東京地方検察庁 検事正 鈴木和宏 様

                                   2011年3月4日

 【要望書】

 前略 私は原田尚美と申します。

 私の息子の原田信助は、「2009年12月10日午後11時すぎに,JR新宿駅の15、16番線ホームの階段または通路付近にて、たまたますれ違った3名(男性2名、女性1名)の大学生グループに
 ちかんの疑いをかけられ暴行されました」(以下、「事件」とします)。
 その後、息子・信助は、新宿駅西口交番を経由して新宿警察署に連行され、「事件」に関する取り調べを受け,警察を出たのは午前5時45分でした。
 心身ともに追い詰められた息子・信助は,2009年12月11日午前6時40分ごろ,東京メトロ東西線 早稲田駅のホームで自ら死に追い込まれました。

 唯一の肉親として、息子・信助がどのような疑いをかけられ、どのような取り調べを受けたのかなど、その事実確認を捜査機関に対して行なうことは遺族の知る権利であると考えております。
 つきましては、2011年3月11日(金曜日)まで」に以下の要望に対して文書にてご回答ください。
 回答文書の送付先は,下記にお願いします。

      〒●●●ー●●●●      
      
      ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●     
      
      原田 尚美

 【2月8日付けで,検察庁に送付した申請書】
 
 ●東京地方検察庁 御中
                                   2011年2月8日

2月2日に小林邦三郎様が,検察庁記録課に問い合わせをされたところ,2009年12月10日事件当日のJR新宿駅の,息子が写っている防犯カメラの映像が,検察庁にあるというお話でした。
 そして,遺族である私が申請書を提出すれば,見せることを検討する旨お答え頂いたということを伺いました。

[1]息子がJR新宿駅の西口改札を入る時の映像と,暴行を受けた現場である15・16番線ホームへ昇降する階段の上に設置された防犯カメラの23時頃から23時30分頃までの映像と,
 暴行を受けた後に,西口交番に連行される時の映像は,検察庁にあるのでしょうか。
 映像が「有る」のなら、その映像を閲覧することは可能でしょうか。
 可能でしたら,小林邦三郎様他一名ご同席の上,閲覧をお願い申し上げます。
[2]暴行の証拠として,12月11日に,新宿署にて撮影された息子の写真が,検察庁にあることを,元新宿警察署黄海副署長から伺っております。
 息子の写真を確認させて頂くことは可能でしょうか。
 以上 よろしくお願い申し上げます。

 【2月10日付けの,検察庁からの回答】
 
 ●東京地方検察庁統括検務官(記録担当)

 記録の閲覧申請について

 平成23年2月8日付け「申請書」と題する書面でお尋ねの件について,記録の閲覧申請は,申請者が御本人であること及び申請目的等の確認が必要であるため,身分を証明するもの及び印鑑を
 持参の上,当庁に赴き,所定の申請用紙に閲覧対象記録,閲覧目的,事件当事者との関係等を記入して提出していただく必要があります。
 前記書面では,御本人であること等の確認ができませんので,申請を希望されるのであれば,当庁に赴き申請願います。
 なお,昨年,貴殿の委任を受けた代理人弁護士から記録の閲覧申請を受けたことがありましたが,その際は閲覧不許可とされていますので申し添えます。

 【2月22日に小林邦三郎様と検察庁に伺い,宮倉事務官・鈴木氏と面談しました】

 この日,息子の写真と,新宿駅の防犯カメラの映像をコマ送りにした画像は,記録課にあることを,宮倉事務官より伺いました。
 両方とも閲覧の手続きをするか否か,訊ねられましたので,「コマ送りの画像ではなく,証拠課の方で保存されている映像を閲覧させて頂きたい」旨お伝えし,
 息子の写真を閲覧するため必要と言われた書類を提出しました。
 「証拠課」に保存されている,「新宿駅の防犯カメラの映像」閲覧申請の手続きに付いては,一週間以内に文書にて回答くださることになりました。

 【2月28日の鈴木氏からのご連絡】

 記録課の鈴木氏より,電話にてご連絡がありました。
 「写真の閲覧はできません。理由に付いては,本日,回答を投函しましたので,着き次第,ご確認ください。」
 「映像は元々閲覧できないものなので,文書にて回答する必要はありません。」

 【2月28日付けの,検察庁からの回答】
 
 ●東京地方検察庁総務部長 片岡 弘

 不起訴記録閲覧・謄写申出について(回答)

 平成23年2月22日付け貴殿から申出のありました原田信助に対する公衆に著しく迷惑のかける暴力的不 良行為等の防止に関する条例違反被疑事件の不起訴記録の閲覧・謄写については,
 刑事訴訟法第47条の趣旨に基づき,貴意に応じかねます。

 以上の経緯を顧みますと,2月10日には「閲覧の手続きに当庁してください。」ということでしたが,
 2月28日には,「映像は元々閲覧できないものである。息子の写真は,刑事訴訟法第47条の趣旨に基づき 開示できない」と回答が変遷しています。
 この変遷の理由を,文書にてご回答いただきたくお願い申し上げます。

 息子が自ら命を絶ってしまったことは,とても信じることができませんでした。
 昨年の1月11日に,新宿警察署にて,息子の写真を閲覧させて頂いた時に,初めて息子が自ら命を絶って しまったことが分かりました。
 写真の息子は,正気ではありませんでした。
 信じられない出来事の連続と,学生らから受けた暴行のダメージと,そして何より助けに来てくれた筈の警  察官らの対応が,正気を逸した理由でしょうか。
 私は真実を知りたいのです。
 JRの真正の映像を,検察官立会いの元,閲覧するご許可を頂きたくお願い申し上げます。

 1.捜査の問題はなかったのでしょうか。
 2.息子の死亡後の被疑者としての書類送致について,問題はないとお考えでしょうか。

 上記に付いても,大いに疑問を感じております。
 この2点に付きましても,合わせて文書によるご回答を頂きたくお願い申し上げます。


☆黒木昭雄氏は、「信助さんの事件は、村木さんの事件に勝るとも劣らない大冤罪事件です。」と憤慨してくださいました。
☆黒木氏のおっしゃっていた【明らかなる冤罪】を露呈しても尚、証拠を隠そうとする警察と検察に正義はあるのでしょうか。


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。
 

東京地検とのやりとりについて 3/7 追記

原田です。

皆様から沢山のコメントや励ましのお言葉をいただき感謝しています。
現在10239名の方々から、ご署名をいただくことができたのは、皆様の応援のお陰です。
ご支援くださる皆様、本当にありがとうございます。

前回の追記でお伝えしました小林邦三郎様は、ご子息の魂の安息のために、私のような犯罪被害者の遺族のために、15年間、関係機関に正義を訴えて来られた方です。
新宿駅で目撃者探しを始めた3月11日から、池袋駅で15年間目撃者を探しておいでの小林様の噂はよく聞いておりました。
「息子を失った同じ悲しみを共有できるこの方に是非お会いしたい」という思いが叶い、今年の1月20日に新宿駅でお会いすることができました。
小林様にお力添えを頂き、新宿駅の防犯カメラの映像と息子の写真を閲覧させて頂くよう、検察庁にお願いをしてきました。
当初は、「当庁に手続きに赴いてください。」というご回答でしたが、現在は「閲覧・謄写はできません。」という回答に変わりました。
皆様に今日は、3月4日に 鈴木和宏 検察正 宛てに【要望書】を送付した経緯をお伝えしようと思います。

 ●東京地方検察庁 検事正 鈴木和宏 様

                                   2011年3月4日

 【要望書】

 前略 私は原田尚美と申します。

 私の息子の原田信助は、「2009年12月10日午後11時すぎに,JR新宿駅の15、16番線ホームの階段または通路付近にて、たまたますれ違った3名(男性2名、女性1名)の大学生グループに
 ちかんの疑いをかけられ暴行されました」(以下、「事件」とします)。
 その後、息子・信助は、新宿駅西口交番を経由して新宿警察署に連行され、「事件」に関する取り調べを受け,警察を出たのは午前5時45分でした。
 心身ともに追い詰められた息子・信助は,2009年12月11日午前6時40分ごろ,東京メトロ東西線 早稲田駅のホームで自ら死に追い込まれました。

 唯一の肉親として、息子・信助がどのような疑いをかけられ、どのような取り調べを受けたのかなど、その事実確認を捜査機関に対して行なうことは遺族の知る権利であると考えております。
 つきましては、2011年3月11日(金曜日)まで」に以下の要望に対して文書にてご回答ください。
 回答文書の送付先は,下記にお願いします。

      〒●●●ー●●●●      
      
      ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●     
      
      原田 尚美

 【2月8日付けで,検察庁に送付した申請書】
 
 ●東京地方検察庁 御中
                                   2011年2月8日

2月2日に小林邦三郎様が,検察庁記録課に問い合わせをされたところ,2009年12月10日事件当日のJR新宿駅の,息子が写っている防犯カメラの映像が,検察庁にあるというお話でした。
 そして,遺族である私が申請書を提出すれば,見せることを検討する旨お答え頂いたということを伺いました。

[1]息子がJR新宿駅の西口改札を入る時の映像と,暴行を受けた現場である15・16番線ホームへ昇降する階段の上に設置された防犯カメラの23時頃から23時30分頃までの映像と,
 暴行を受けた後に,西口交番に連行される時の映像は,検察庁にあるのでしょうか。
 映像が「有る」のなら、その映像を閲覧することは可能でしょうか。
 可能でしたら,小林邦三郎様他一名ご同席の上,閲覧をお願い申し上げます。
[2]暴行の証拠として,12月11日に,新宿署にて撮影された息子の写真が,検察庁にあることを,元新宿警察署黄海副署長から伺っております。
 息子の写真を確認させて頂くことは可能でしょうか。
 以上 よろしくお願い申し上げます。

 【2月10日付けの,検察庁からの回答】
 
 ●東京地方検察庁統括検務官(記録担当)

 記録の閲覧申請について

 平成23年2月8日付け「申請書」と題する書面でお尋ねの件について,記録の閲覧申請は,申請者が御本人であること及び申請目的等の確認が必要であるため,身分を証明するもの及び印鑑を
 持参の上,当庁に赴き,所定の申請用紙に閲覧対象記録,閲覧目的,事件当事者との関係等を記入して提出していただく必要があります。
 前記書面では,御本人であること等の確認ができませんので,申請を希望されるのであれば,当庁に赴き申請願います。
 なお,昨年,貴殿の委任を受けた代理人弁護士から記録の閲覧申請を受けたことがありましたが,その際は閲覧不許可とされていますので申し添えます。

 【2月22日に小林邦三郎様と検察庁に伺い,宮倉事務官・鈴木氏と面談しました】

 この日,息子の写真と,新宿駅の防犯カメラの映像をコマ送りにした画像は,記録課にあることを,宮倉事務官より伺いました。
 両方とも閲覧の手続きをするか否か,訊ねられましたので,「コマ送りの画像ではなく,証拠課の方で保存されている映像を閲覧させて頂きたい」旨お伝えし,
 息子の写真を閲覧するため必要と言われた書類を提出しました。
 「証拠課」に保存されている,「新宿駅の防犯カメラの映像」閲覧申請の手続きに付いては,一週間以内に文書にて回答くださることになりました。

 【2月28日の鈴木氏からのご連絡】

 記録課の鈴木氏より,電話にてご連絡がありました。
 「写真の閲覧はできません。理由に付いては,本日,回答を投函しましたので,着き次第,ご確認ください。」
 「映像は元々閲覧できないものなので,文書にて回答する必要はありません。」

 【2月28日付けの,検察庁からの回答】
 
 ●東京地方検察庁総務部長 片岡 弘

 不起訴記録閲覧・謄写申出について(回答)

 平成23年2月22日付け貴殿から申出のありました原田信助に対する公衆に著しく迷惑のかける暴力的不 良行為等の防止に関する条例違反被疑事件の不起訴記録の閲覧・謄写については,
 刑事訴訟法第47条の趣旨に基づき,貴意に応じかねます。

 以上の経緯を顧みますと,2月10日には「閲覧の手続きに当庁してください。」ということでしたが,
 2月28日には,「映像は元々閲覧できないものである。息子の写真は,刑事訴訟法第47条の趣旨に基づき 開示できない」と回答が変遷しています。
 この変遷の理由を,文書にてご回答いただきたくお願い申し上げます。

 息子が自ら命を絶ってしまったことは,とても信じることができませんでした。
 昨年の1月11日に,新宿警察署にて,息子の写真を閲覧させて頂いた時に,初めて息子が自ら命を絶って しまったことが分かりました。
 写真の息子は,正気ではありませんでした。
 信じられない出来事の連続と,学生らから受けた暴行のダメージと,そして何より助けに来てくれた筈の警  察官らの対応が,正気を逸した理由でしょうか。
 私は真実を知りたいのです。
 JRの真正の映像を,検察官立会いの元,閲覧するご許可を頂きたくお願い申し上げます。

 1.捜査の問題はなかったのでしょうか。
 2.息子の死亡後の被疑者としての書類送致について,問題はないとお考えでしょうか。

 上記に付いても,大いに疑問を感じております。
 この2点に付きましても,合わせて文書によるご回答を頂きたくお願い申し上げます。


☆黒木昭雄氏は、「信助さんの事件は、村木さんの事件に勝るとも劣らない大冤罪事件です。」と憤慨してくださいました。
☆黒木氏のおっしゃっていた【明らかなる冤罪】を露呈しても尚、証拠を隠そうとする警察と検察に正義はあるのでしょうか。


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。
 

目撃者を探しています! 2/11 追記

原田です。

皆様から沢山のコメントや励ましのお言葉をいただき感謝しています。

皆様のお蔭で1月13日にご署名一万名に到達することができました。
ここに慎んで御礼申し上げます。
ツイッターを始めてから半年経ちましたが、2400名以上の方々からフォローして頂きました。
初めは一人で始めた活動でしたが、今では沢山の方々の応援を頂いています。
ご支援くださる皆様、本当にありがとうございます。

昨年の今頃は、一昨年の12月10日に新宿駅で関わってしまった方々のために、息子が帰宅することができなかった部屋に通っていました。
部屋中本だらけで、足の踏み場もないほどでした。
息子がたまに風邪をひいて自宅に夕食を取りに来れなかった時に、息子の部屋に夕食を届けに行ったことがありました。
部屋に入れてもらうことができませんでしたので、散らかっているんだろうと思っていました。
息子の部屋に入って初めて、私を入れなかったのではなく、入れることができなかったのだということが解りました。
机の上には、宅検・気象予報士・英検・証券アナリスト等の資格試験の教材が山積みにされていました。
事件の起きた一月前には、情報処理技術者の資格試験に合格していたことも、机の上の本の山の中にあった証書からわかりました。
10月に転職したばかりの大学の上司の方に「趣味は資格の取得です。」と話していたことを、12月のある日伺いました。
いつも何かにチャレンジしていた息子でした。

この頃、あるメディアの方から、国士舘大学野村講師の痴漢冤罪事件の解決にご協力された荒川区議の小坂英二先生のことを教えて頂きました。
初めて、小坂先生に息子の事件をお話した日、小坂先生は「何て酷い話なんだ。」と息子のために泣いてくださいました。
2月29日には、先生のブログに
【痴漢冤罪、そして自殺。目撃者を探しています】http://kosakaeiji.seesaa.net/archives/201002-1.html
という記事を掲載してくださいました。

皆様に前回の追記で昨年の1月11日のことをお伝えしましたので、今年の1月11日からの出来事をお伝えしようと思います。

■1月11日
昨年の1月11日から一年間、早稲田駅に献花に行きました。
ホームで息子に黙祷を捧げてから、早稲田駅の職員の方々に花束をお預かり頂いて、終電から始発までの間、線路に花束をおいて頂きました。
昨年の一周忌の法要の後に、息子の友人の方々と早稲田駅に献花に行き、早稲田駅の職員の方々に一年間の御礼をお伝えしました。
今年の1月11日は、息子が新宿駅で暴行を受けた階段の下に赴き、床に白い花束を置き、数分間、息子に黙祷を捧げました。
見知らぬ女性が「あなた大丈夫?」と言って肩にお手をかけてくださいました。
その後、息子が無理やり連行された西口交番に行きました。
なかに入ると、一人の警察官が「ご用件は?」と聞いてきましたので、
「息子の供養に伺いました。」とお答えしました。
そのまま床に花束を置き、数分間、亡き息子に黙祷を捧げました。昨年と同じく誰一人として話しかけてくる警察官はいませんでした。
そして、ふたたび花束と鞄を手に取り、交番を出て、タクシーに乗って新宿警察署を目指しました。
一階の受付はすでに終了していましたが、入り口の警察官に「そのまま2階にどうぞ。」と声をかけて頂いたので、階段で2階まで上がりました。

息子が午前4時頃、やすひら刑事から「原田さん、もう帰っていいですから。」と言われて連れてこられ、
わずかな仮眠をとった長椅子は綺麗なソファーに変わっていました。
私はソファーの上に花束を置き、数分間、息子に黙祷を捧げました。
私はそのソファーの前でいまさらながら、息子の無念を噛みしめていました。
息子は新宿警察署を出る前に、駅員たちに引っ張られたというネクタイを床に置いていました。
「よし行こう。」たった一言決心したように言うと、息子は新宿署を後にしたのです。

■1月20日
15年前のJR池袋駅暴行殺人事件の被害者のご遺族の方とお会いしました。
ツイッターで知り合った方から、ご連絡先を教えて頂きました。
新宿駅で目撃者探しをしているうちに、池袋駅で15年間も目撃者を探していらっしゃるご遺族のことを知り、以前からお会いしたいと思っていました。
この日、ご遺族の方のご協力の元、新宿駅の暴行現場で目撃者探しの呼びかけを行いました。
池袋駅で15年もの間、目撃者探しをされているご遺族を前に、新宿駅の助役さんは今回は突然写真を撮る等の行動にでることはありませんでした。
木曜日に通る目撃者の方にお会いすることができたのは、この方のお蔭です。
この方のご子息が事件に遭った4月には、池袋駅での呼びかけに私も協力させて頂くことをお約束しました。

■2月10日
昨日は事件のあった10日で木曜日でしたので、新宿駅に目撃者探しに行きました。
1月20日から、池袋暴行殺人事件のご遺族である小林邦三郎様にご協力頂いています。
先日はY助役に、「ここでそんなことをされては困ります。」というご指摘を受けましたが、昨日は予め駅長室に伺い、小林様が
1.池袋の事件も新宿の事件も駅構内で起きた事件であることから、JR側も責任を感じて協力するべきではないかということ。
2.駅長室日誌を再度検証させて頂きたい事。
3.防犯カメラの映像が鮮明であるのだから、12月7日に証拠として提出された不鮮明な映像ではなく、鮮明な映像を見せて頂きたいこと。
をお願いしてくださいました。

「ネットで事件を知りました。」「ツイッターで応援しています。」「ブログもツイッターも見ています。頑張ってください。」とお声をかけてくださった方が数名いらっしゃいました。
本当にありがとうございました。

昨年の12月7日のJR東日本と、12月2日・27日の警視庁における証拠保全の検証については、裁判所に証拠として提出するまでは、公開することができない性質のものだそうなので、
皆様に今はお伝えすることができません。
ほんの少し進展がありましたとご報告申し上げます。
ご報告できる時期がきましたら、このブログとツイッターの方からお伝えしたいと思います。

昨年の12月11日の息子の一周忌の法要の時に、息子の元同僚の方々から頂いた花輪の中のドラセナ・サンデリアーナは今も元気に葉を伸ばしています。
1月11日に頂いた猫柳は根を張り始めました。
いつまでも元気でいてほしいと思います。


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。