2011年6月17日金曜日

6月14日 東京地裁にて第1回口頭弁論が開かれました。

原田です。

皆様から沢山のコメントや励ましのお言葉をいただき感謝しています。
ご支援くださる皆様、本当にありがとうございます。

皆様のご支援を頂いて、4月26日に国賠を提訴することができました。
6月14日午前10時30分 東京地裁709号法廷において、第1回口頭弁論が開かれました。
ご支援くださる方々、メディアの方々にお越し頂きました。
北海道から「市民の目フォーラム北海道」代表の原田宏二氏が応援に来てくださいました。
「国賠ネットワーク」の土屋翼氏も応援に来てくださいました。
ご来場くださった皆様、本当にありがとうございました。
入廷頂けなかった方々にお詫び申し上げます。

冒頭に5分間の意見陳述をさせて頂きました。
3名の裁判官の方々、清水勉先生を始めとする私の代理人の先生方、東京都の代理人の5名の方々、そして42名の傍聴席の皆様に
息子の人となりや 警察の違法な取調べについてお伝えしました。
次回の口頭弁論は8月30日午後2時からと決まり、15分程で閉廷しました。

終了後、弁護士会館509号室にて「原田宏二氏との懇親会」が行われました。
原田氏から、「警察の冤罪事件への対応」について、貴重なお話を伺いました。
警察は、冤罪事件と判明した後も非を認めないということを知りました。
原田宏二氏のお話の動画は、後援会のHP「原田信助さんの国賠を支援する会」でご覧頂けます。
この国の警察の実態をぜひご覧ください。

息子が急逝して501日めに国賠を提訴することができました。
息子がいなくなって 550日めに第1回口頭弁論が開かれました。
口頭弁論が開かれた709号法廷で、真実が明らかになり 息子の名誉の回復がなされる日まで頑張ろうと心に誓いました。


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。

6月14日東京地裁にて第1回口頭弁論が開かれます。

原田です。

皆様から沢山のコメントや励ましのお言葉をいただき感謝しています。
署名テレビは10601名の方々からご署名をいただき、6月7日をもちまして終了しました。
ご支援くださる皆様、本当にありがとうございます。

4月26日に国賠を提訴し、6月14日午前10時30分より東京地裁にて第1回口頭弁論が開かれます。
【原田信助さんの国賠を支援する会】も発足しました。
皆様に今日は、HPに掲載した後援会の挨拶文をお伝えしようと思います。

■後援会 挨拶文 
私の息子原田信助(当時25歳)は、平成21年12月10日午後11時頃、帰宅のため、 新宿駅構内を通行中に、見知らぬ男性らから、突然階段から引き落とされ、
暴行を振るわれました。
駆けつけた駅員からも暴行を受け、息子は、何とか抵抗して体制を反転し、「今、暴行を受けている」と、携帯電話から110番通報しました。
ところが、新宿駅西口交番から駆けつけた警察官に無理やり連行されたのは息子の方でした。
「任意同行」と称されて、交番に連行された後拘束され、私に電話をすることも許可して頂けませんでした。そして、
「あなたは被害者なんだから、署に行って、刑事さんに話さなければいけない」と、騙されて、パトカーで新宿警察署に連行されました。

息子は、新宿署の刑事に、「痴漢容疑の取調べだ」と言われて、初めて自分に痴漢の容疑がかけられていることを知りました。
息子は、自分が一方的に暴行を受けた被害者であることを説明しましたが、3人の刑事はメモでさえ取ろうとしませんでした。
翌朝まで一方的に自白を迫る取調べが続き、「原田さん、もう帰っていいですから」とやすひら刑事に言われたのは朝の4時頃でした。
次に新宿署に行くときは、被害届を出すことになったものの、やすひら刑事の「お互いに訴えあえ」
「証人として、(暴行を振るった)駅員さんの話を聞く」等の言葉に打ちのめされ、また長時間の取調べのため、心身ともに疲れ果て、自殺に追い込まれました。

さらに警察は、亡くなった信助を、痴漢の被疑者と認定して書類送検し、一方で、息子が必死で訴え続けていた暴行事件については、捜査を行わないまま、
書類送検も行わず、事件として終わらせてしまいました。

私がその夜、息子の身に何が起きたのかを詳しく知ることができたのは、息子が英会話の勉強のために持ち歩いていたボイスレコーダーを、私に残してくれていたからです。
新宿西口交番と新宿警察署の取調べの一部始終を録音した息子のボイスレコーダーには、突然の暴行によって傷ついた身体の手当てもされず、自分は110番通報した被害者だと説明しても、訴えを取り上げず、電話も許されず、身に覚えのない痴漢の被疑者として一方的に追及され、どんどん衰弱していく息子の声が収められています。

息子の人生は、希望に向かって歩み始めたばかりでした。息子は意志の強い努力家で、JAXAに入る時には、一日15時間も勉強していたことを、親友の方から教えて頂きました。 息子がいなくなり、初めてむすこの部屋に入りましたら、部屋中本がいっぱいで、資格試験の参考書が積まれていました。事件の前月には情報処理技術者の資格も取得していました。他にもまだまだ人生で挑戦したいことが沢山ありましたし、「将来、早稲田大学に奨学金をつくりたい」などの夢もありました。

昨年の12月27日の警視庁通信指令本部の証拠保全の検証において、「お腹を触られた」被害を申告した女性が、事件の翌朝4時30分前には、
「(息子は)人違いだった」と証言していた事実が明らかになりました。
人違いであることが判っていながら、49日後に、息子を、「東京都迷惑防止条例の被疑者」と認定して、書類送致した新宿署の行為は、犯罪と言わざるを得ません。
人間として、親として許すことはできません。

この度、国賠を提訴したのは、息子の名誉の回復のためと、この国の警察の捜査によって、息子のような被害者を二度と出してはいけないという願いからです。
息子の事件が報道されてから、沢山の方々にご支援を頂きました。
代表の清水勉先生を始めとする弁護団の先生方、後援会代表の岡村遼司先生、荒川区議の 小坂英二先生、「市民の目フォーラム北海道 代表」原田宏二氏、
HPを起ち上げて頂いた 支援者の方には、本当に感謝しております。
息子の友人の方々、事件をご登載くださったメディアの方々、報道を通じて事件を知り、 ご支援を始めてくださった皆様に心より御礼申し上げます。

息子の名誉の回復のみならず、今後同じ冤罪事件が起こらないためにも、頑張ってまいります。
これからも皆様のご支援を賜りたく、宜しくお願い申し上げます。

原田尚美


息子の名誉の回復に向けて第1歩を踏み出すことができたのは、皆様の応援のお蔭です。
心より御礼申し上げます。
昨年の息子の一周忌の法要の時に、お友達から頂いたドラセナ・サンデリアーナは今も元気に葉を伸ばしています。
息子が枯れないようにと願っているのでしょうか。


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。

目撃者を探しています!6/2追記

原田です。

皆様から沢山のコメントや励ましのお言葉をいただき感謝しています。
現在10573名の方々から、ご署名をいただくことができたのは、皆様の応援のお陰です。
ご支援くださる皆様、本当にありがとうございます。

4月26日に、清水勉先生を代表とする9名の弁護団の先生方のご協力の元、国賠を提訴しました。
昨年よりご支援を頂いている方に、国賠を支援するHPを起ち上げて頂きました。
(仮)【原田信助君の国賠を支援する会】は、様式が整い次第、皆様にお伝えいたします。

第1回口頭弁論の期日も6月14日と決まり、「市民の目フォーラム北海道」の原田宏二氏が、東京地裁に応援に来てくださることになりました。
公判終了後に、弁護士会館にて「原田宏二氏との懇親会」を開きます。
皆様のご参加をお待ち申し上げます。

皆様に今日は、東京地検検事正 鈴木和宏様と 警視庁 警視総監 池田克彦様へ4月26日付けで送付した【質問状】への対応とご回答についてお伝えしようと思います。
■5月2日に検察庁記録課の鈴木氏より「記録課の担当検事から説明したいので、検察庁に来て頂きたい」というご連絡をいただきました。
今まで何度か検察庁に伺い、3月31日には刑事部の新宿署担当 高橋検事様よりご説明頂きましたが、今回は文書による解りやすいご説明を求めた【質問状】ですので、文書による回答をお願いしたところ、「それでは回答できませんが、よろしいでしょうか」と言われました。
「文書によるご回答をお願いしておりますので、文書にてお願いいたします」とお答えしたところ、回答書は届きませんでした。

■【警視総監宛ての質問状】のご回答が、警視庁総務部広報課長から5月24日付けで届きました。

                              広, 聴2第1126号
                              平成23年5月24日
原田尚美様
                              警視庁総務部広報課長
           
               回      答      書
 平成23年4月26付け警視総監宛ての文書によるお申し出については、次のとおりですので通知します。
                       記
 損害賠償請求訴訟で係争中の案件につき、回答は差し控えさせていただきます。

■昨年の新宿警察署長からの【質問状に対する回答について】は、以下の通りでした。

                               新宿, 警第154号
                               平成22年9月10日
原田尚美様
                               警視庁新宿警察署長
    質問状に対する回答について
 貴殿からの警視総監及び当職宛の平成22年8月11日付け「質問状」について、
下記のとおり回答します。
                          記
1 質問事項[1]~[7]について
  個別事件の捜査に関する事項につき、回答は差し控えさせていただきます。
2 質問事項[8]について
  当署員が、テレビ局のディレクターを経由して、貴殿に防犯カメラの画像を見
 るように打診した事実はありません。
3 質問事項[9]について
  当署では、メディアへの対応は同一の内容で行っておりますので、メディアの
 報道内容が異なる理由については、分かりかねます。

2つの回答を比べてみますと、どちらも「●●●の案件(事項)につき、回答は差し控えさせていただきます。」
と、回答できない理由を述べるための「回答書」であることが分かります。
「警察の都合の悪いことは隠します」と言っている様に聴こえます。
冤罪被害者の遺族として、関係者の方々には間違いを認める勇気をお持ち頂いて、同じ過ちを繰返さない努力をして頂きたいと切に願います。

メディアに報道されない「知られざる国賠訴訟」が各地で進行しています。
警察の都合で報道できないメディアの方々の立場も理解できますが、「真実の報道」ができる報道機関であってほしいと願っています。


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。

2011年5月6日金曜日

新宿痴漢冤罪死事件、遺族が国賠訴訟を提起

THE INCIDENTS インシデンツ 正式オープン準備版より)

筆者 - 寺澤有
2011年 5月 02日(月曜日) 12:15
原田尚美さん 2009年12月10日23時ごろ、JR新宿駅構内で原田信介(はらだ・しんすけ)さん(当時25歳)は痴漢に間違えられ、男子大学生と駅員に取り押さえられた。被害者は男子大学生の友人の女子大学生で、「すれ違いざまに腹部を触られた」という。
その後、原田さんは新宿駅西口交番と新宿署へ任意同行され、11日午前4時ごろまで取り調べを受けた。結局、被害者が「加害者と(原田さんの)服装が違う」などとしたため、原田さんは解放された。
新宿署を出ると、原田さんは新宿駅からJRと東京メトロを乗り継いで、早稲田駅で降車。早稲田大学が原田さんの母校だった。午前6時40分ごろ、原田さんはホームへ進入してくる東京メトロの電車に飛び込んで自殺。
原田さんの遺品に、新宿署の警察官の取り調べを録音したICレコーダーがあった。
原田 私は何にもしてない。
警察官 あなたはそうだけども、相手としては、そういうことで、あなたのことを犯人だと思ったから、やはり取り押さえた。
原田 ただ、私、犯人ではないんですよ。
これらのやりとりはテレビやネットで公開され、「新宿痴漢冤罪死事件」は世間の注目と同情を受けた。

目撃者を探しています! 5/5 追記

原田です。

皆様から沢山のコメントや励ましのお言葉をいただき感謝しています。
現在10480名の方々から、ご署名をいただくことができたのは、皆様の応援のお陰です。
ご支援くださる皆様、本当にありがとうございます。

4月26日に、清水勉先生を代表とする9名の弁護団の先生方のご協力の元、国賠を提訴しました。


同日付けで、東京地検検事正 鈴木和宏様と 警視庁 警視総監 池田克彦様に【質問状】を送付しました。
皆様に今日は、お二方にお送りした「質問状」に付いてお伝えしようと思います。

平成23年4月26日
東京地方検察庁 検事正 鈴木和宏様
原田尚美
支援 犯罪被害者家族の会 小林邦三郎
前略。
押収資料の取り扱いについて,質問させて頂きます。
個人情報保護法は,民主国家である限り,開示することが原則の法であります。
捜査等に支障をきたす場合を除き,全てを開示しないということは,職権の濫用ではないでしょうか。犯罪と冤罪を防ぐためには,事実を明白にすることが大切であり,隠匿することが,犯罪と冤罪の増長する要因となっていることをご理解頂きたいと願います。
警察の最大の使命は,個人の権利と自由を保護することと存じます。これまでの回答には,何らかの誠意も感じられず,組織全体で責任を免れるために,証拠を隠匿していると考えられます。
つきましては,事実関係を明らかにするためと,法の解釈を明確にすることが肝要であり,下記の通り,質問いたしますので,理由を明確にされ,該当する法の謄写を添付の上,2011年5月11日(水)までに,ご回答を賜りたいと存じます。

1.新宿駅のビデオに関して,コマ送りに謄写されたものを,開示することを前提として呼び出され,申請書の提出のため,検察庁記録課に伺いましたが,  後日,開示しない旨回答がありました。結果的には,遺族である私を騙すことになりました。
2.被疑者死亡・被害届なし・供述調書なしにて,書類送検されましたが,内容を確認され,逆送致すべきことと存じます。
3.立件されていない事件を死者に罪を負わせ,書類等の開示を刑訴法を理由に拒むことは、許されないことと存じます。訴訟の対象とならないことは,  明白ではないでしょうか。
4.ビデオ等,公共的施設に設置されたものは,万人の者の権利であり,警察固有のものではなく,確認資料であるべきで,押収すべき物件とは言えな  いと存じます。
大阪地検特捜部は,フロッピーディスクを返却しており,持ち主に速やかに返却すべきことと存じます。現在,本体はどちらで保管されているのか,お聞かせください。
5.検察庁は,起訴手続きを遂行するとともに,各警察官を指導する立場にあると存知ますが,責任をどのように感じておいでなのか,お聞かせ下さい。
以上 よろしくお願いいたします。

警視庁 警視総監 池田克彦様

前略。                                 
押収資料の取り扱いについて,質問させて頂きます。
個人情報の開示は,民主国家及び法治国家においては,開示することが原則の法であります。これまで警視庁より回答頂きました内容は,開示しないための条件を述べているに過ぎません。
新宿署の違法な取調べと書類送検を隠匿するために,警視庁と牛込署が協力しており,組織的な考えであることは明白な事実です。
警察の最大の使命は,個人の権利と自由を保護することと存じます。
関わられた警察官の方々の勤務状況は,本来の使命から逸脱していると感じております。
つきましては,違法と思われる事項について,下記の通り,質問しますので,明確に且つ該当する法の謄写を添付の上,2011年5月11日(水)までに,納得のいくご回答を賜りたいと存じます。

1.死者の死因を確認する義務は,親に当然与えられたものであり,何人たりとも,これを拒むことは許されないものと存じますが,牛込署が保管していた  東京駅から東西線大手町駅間のビデオを,何故,警視庁が保管し,情報公開センターが管理及び権利を行使しているのか,理解できませんが,その理由をお聞かせください。
2.事件は新宿駅で発生し,取調べを担当したのは新宿署です。息子は自殺したと確信していますが,事件と直接関係していない他駅のビデオが,訴訟  の対象となっていることが,非常に疑わしいと思います。
事故死と認定したことが,警察の都合であったため,親にも見せることができないと考えられますが,如何でしょうか。
3.痴漢の容疑が嫌疑なしと払拭されたにも関わらず,被疑者死亡,被害届なし,供述調書なしのまま,書類送致していますが,これらの違法行為を,   警視庁本部も隠匿することで,加担していると言わざるを得ませんが,如何でしょうか。
4.駅のビデオ等公共的施設に設置されたものは,万人の者の権利であり,警察固有のものではなく,確認資料であるべきで,押収すべき物件とは言え  ません。速やかに東京メトロに返還されるべきであります。現在,本体は何処で保管されているのでしょうか。
5.昨年の3月1日より,本人以外の者に開示はできなという回答のみでしたが,遺族にも平気で嘘を並べることは,警察の存在意義に疑いが生じることと  存じますが,回答に誤りはなかったと言えるのでしょうか。
以上 よろしくお願いいたします。

5月2日に検察庁記録課の鈴木氏より「記録課の担当検事がご説明したいので、検察庁に来て頂きたい」というご連絡をいただきました。
今まで何度か検察庁に伺い、3月31日には刑事部の新宿署担当 高橋検事様よりご説明頂きましたが、今回は文書による解りやすいご説明を求めた
【質問状】ですので、文書による回答をお願いしたい旨お伝えしました。記録課の方々のお心遣いには感謝いたします。
真正なご回答を頂けるよう、更にご協力をお願い申し上げます。


5月2日に寺澤有氏の【インシデンツ】に息子の事件の記事をご登載頂きました。http://www.incidents.jp/news/
同日「原田信助君の国賠を支援する会」を起ち上げて頂きました。ご連絡先はポエナ事務局になります。
〒110-0008 東京都台東区池之端2-1-35 -2109(出口様方)
「犯罪被害者家族の会 Poena」TEL & FAX : 048-734-6810(小林様ご自宅)


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。


●署名TV
原田信助の受けた暴行被害について、
十分な捜査を実施し,犯人を起訴することを求める署名


●署名TV
原田信助の受けた暴行被害について、
十分な捜査を実施し,犯人を起訴することを求める署名
[※] 携帯電話専用です。

2011年5月1日日曜日

4月30日は息子の誕生日でした。

原田です。

皆様から沢山のコメントや励ましのお言葉をいただき感謝しています。
現在10418名の方々から、ご署名をいただくことができたのは、皆様の応援のお陰です。
ご支援くださる皆様、本当にありがとうございます。

4月26日に、清水勉先生を代表とする9名の弁護団の先生方のご協力の元、国賠を提訴しました。
午後3時から弁護士会館で記者会見を開き、沢山のメディアの方々にお集まり頂きました。
記者会見の様子は、【ニコニコ動画生放送】で放送して頂きました。
25日から【日刊サイゾー:浮島さとし記者】【ニコニコニュース:亀松太郎編集長・三好尚紀記者】に報道して頂き、27日の朝刊では【東京新聞:社会面】【朝日新聞:東京版】で取り上げて頂きました。ご担当者様に御礼申し上げます。

皆様に今日は、記者会見時にご来場の方々にお渡しした「記者会見の趣旨」をお伝えしようと思います。

                                      平成23年4月26日 
【記者会見の趣旨】
私の息子原田信助(当時25歳)は、平成21年12月10日午後11時頃、帰宅のため、新宿駅構内を通行中に、見知らぬ男子大学生より、突然階段から引き落とされ、暴行を振るわれました。
信助が、その大学生の友人の女性に対して「お腹を触る」痴漢行為をはたらいたというのです。
男子大学生から殴られ続けた息子は、何とか抵抗して体制を反転し、「今、暴行を受けている」と、携帯電話から110番通報しました。

その後、女性に「痴漢」と言われて駆けつけた2人の駅員に、息子は襟首を摑まれたり、突き飛ばされたりしました。駅員の通報で、新宿駅西口交番から駆けつけた3人の警察官に「任意同行」と称されて、交番に連行された後拘束され、私に電話をすることも許可して頂けませんでした。
そして、「あなたは被害者なんだから、署に行って、刑事さんに話さなければいけない」と、騙されて、パトカーで新宿警察署に連行されました。

息子は、新宿署の刑事に、「痴漢容疑の取調べだ」と言われて、初めて自分に痴漢の容疑がかけられていることを知りました。
息子は、自分が一方的に暴行を受けた被害者であることを説明しましたが、3人の刑事は、息子の被害の訴えにメモでさえ取らず、
息子を痴漢の被疑者として、朝4時頃まで取調べを行いました。
その結果、信助は自分の無実の訴えが通り、後日新宿署に暴行の被害届を提出することになったものの、刑事の「お互いに訴えあえ」「証人として、駅員さんに話を聞く」等の言葉に、自分の前途を悲観して、また長時間の取調べに依り、心身ともに疲れ果て、翌朝自殺に追い込まれました。

さらに警察は、亡くなった信助を、痴漢の被疑者と認定して書類送検し、一方で、息子が必死で訴え続けていた暴行事件については、捜査を行わないまま、書類送検も行わず、事件として終わらせてしまいました。

私がその夜、息子の身に何が起きたのかを詳しく知ることができたのは、息子が英会話の勉強のために持ち歩いていたボイスレコーダーを、私に残してくれていたからです。
新宿西口交番と新宿警察署の取調べの一部始終を録音した息子のボイスレコーダーには、突然の暴行によって傷ついた身体の手当てもされず、
自分は110番通報した被害者だと説明しても、訴えを取り上げず、電話も許されず、身に覚えのない痴漢の被疑者として一方的に追及され、どんどん衰弱していく息子の声が収められています。

息子の人生は、希望に向かって歩み始めたばかりでした。
息子は意志の強い努力家で、JAXAに入る時には、一日15時間も勉強していたことを、親友の方から教えて頂きました。
息子がいなくなり、初めてむすこの部屋に入りましたら、部屋中本がいっぱいで、資格試験の参考書が積まれていました。
事件の前月には情報処理技術者の資格も取得していました。他にもまだまだ人生で挑戦したいことが沢山ありましたし、
「将来、早稲田大学に奨学金をつくりたい」などの夢もありました。

昨年の12月27日の警視庁通信指令本部の証拠保全の検証において、「お腹を触られた」被害を申告した女性が、事件の翌朝前には、「(息子は)人違いだった」と証言していた事実が明らかになりました。人違いであることが判っていながら、1月29日に、息子を、「東京都迷惑防止条例の被疑者」として、書類送致した新宿署の行為は、犯罪と言わざるを得ません。
この度、国賠を提訴したのは、息子の名誉の回復のためと、この国の警察の捜査によって、息子のような被害者を二度と出してはいけないという思いからです。どうぞ、皆様のお力を私にお貸しください。よろしくお願いいたします。

4月30日は息子の誕生日でした。
生きていれば27歳になっていたはずでした。
今年は息子に「国賠を提訴した」ことを伝えることができました。
今年は息子に「お誕生日おめでとう」と言うことができました。

昨年の12月11日に、同僚の方々から頂いたドラセナ・サンデリアーナは、今日も元気に葉を伸ばしています。
1月11日に頂いた猫柳も帽子を脱いで、可愛い姿を見せてくれています。
息子の名誉を回復する第一歩を祝福してくれているかのように見えます。


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。

2011年4月23日土曜日

目撃者を探しています! 4/20 追記

原田です。

皆様から沢山のコメントや励ましのお言葉をいただき感謝しています。
現在10325名の方々から、ご署名をいただくことができたのは、皆様の応援のお陰です。
ご支援くださる皆様、本当にありがとうございます。

4月11日に早稲田大学大隈講堂前にて、息子の事件を知って頂くための呼びかけを行いました。
応援にきてくださった方々、お話を聞いてくださった皆様に御礼申し上げます。

皆様に今日は、一昨年の息子の事件からの経緯をお伝えしようと思います。
ご支援くださる方がお作りくださった纏めブログ「新宿駅痴漢冤罪暴行事件」でもご掲載頂いております。

【事件の推移】

■2009年12月10日~11日
午後11時頃、歓迎会から帰宅するために新宿駅構内を通行中だった息子は、女子大学生の(お腹を触った)痴漢犯人とされ、女子大学生の友人の男子大学生に階段から引き落とされ、一方的な暴行を受けた。
息子は110番通報をしたが、駆けつけた駅員・警察官より、痴漢犯人として扱われ、新宿西口交番から、新宿警察署に任意同行された。
そして、新宿警察署では痴漢の被疑者として、明け方4時頃まで取り調べを受け、その後、息子は、新宿署内で休息を取り、5時45分頃警察署を出ると、電車に乗り早稲田駅に行き、午前6時40分、電車に轢かれ重態となり、東京女子医大に搬送された。
午後7時15分に私(原田尚美)の携帯電話に牛込警察署より電話があり息子の事故を知る。

■2009年12月12日
牛込警察署から、息子の持ち物らしきボイスレコーダーが落し物として届けられているとの連絡を受け、息子の声を確認して受け取る。
新宿警察署に電話をして、息子が何故、新宿署にいたのか、何時までお世話になっていたのか教えていただきたいと訊ねるも、「わからない」という答えしか返ってこないため、110番に通報して、きちんとした説明を求める。

■2009年12月13日
新宿警察副署長黄海氏より、私に電話があり、「息子さんと大学生3人との間でトラブルがあり、駅員に取り囲まれ、お腹を触られたんではないかとする痴漢容疑で新宿警察署(生活安全課)で事情聴取を受けるが、大勢の人間が行き交う新宿駅で、息子さんを痴漢と認定するのは無理という判断の元、痴漢容疑は晴れたが、その後、お互いの暴行容疑で事情聴取が続き、3時から4時ころ、『学校もあるだろうし、会社もあるだろうから、帰宅するように』と言われ、大学生は帰ったが、息子さんは休ませてくれ、と言って2階のソファーで休んだ。
息子さんが署を出たのは5時15分・・・5時から6時半くらいの間かな。誰かが付きっきりでいた訳ではないので、正確な時間は分からない」と説明があった。
私が「息子はケガをしておりませんでしたか?」と訊ねたところ、「外傷はありませんでした」と答えた。(※この電話の内容は、翌2010年1月11日の新宿警察署での会見の際、黄海氏本人に確認しています)

■2010年1月9日
新宿警察署副署長より電話。1月11日に会うこととなる。

■1月11日
新宿警察署にて、黄海氏と生活安全課課長菅原氏と会見。
「息子さんは(痴漢容疑の)犯人ではない」と言われ、ボイスレコーダーの提出を求められる。
黄海氏の説明では、「息子と、息子と組み合った男子大学生一名のみが事情聴取を受け、女子大学生ともう一人の男子大学生は参考人、誰からも被害届は出ていない」と言われる。
事件当夜、息子が暴行を受けた現場からかけた110番通報の内容と、受けた暴行の内容については、後日確認後に連絡をいただいて、息子の代わりに私が暴行の被害届を出すことになった。

■1月28日
新宿警察署の生活安全課課長から電話があり、息子を東京都の迷惑防止条例(痴漢)の被疑者と認定し、書類送致するとのこと。
女子大学生の被害届が出されているのか訊ねたが、有無について明言を避けられ、また「新宿署として認定した」と言われた。

■2月1日
同じく新宿警察署の生活安全課課長から電話。1月29日に息子を東京都の迷惑防止条例の被疑者として、東京地検に書類送致したとのことであった。
暴行容疑の事情聴取での調書は存在するのかと訊ねたところ、調書は存在しないと説明したはずであると返答。
■2月25日 
JR東日本、機器管理室のお●●い氏から、東京都個人情報開示課のK氏に連絡があり、
「平成21年12月10日の新宿駅の防犯カメラの映像は、警察のほうから証拠保全の指示がなかったので、消してしまってありません。」(※1)

■2月25日
新宿警察署に、息子に代わって被害届を提出しようとしたが、拒否された。

JR新宿駅駅長室で助役さんに、12月10日の日誌を見せていただく。
[12月10日・8号ホーム23:05迷惑行為で110番]との記載を確認。
暴行現場である階段の上に設置された防犯カメラは「階段の下まで写すカメラ」であることを教えていただく。
新宿駅でのチラシ配りの許可はいただけなかった。
■3月1日
警視庁情報公開センターに息子の「110番通報」の開示を請求。

■3月11日
新宿駅でチラシを配り始める。

■3月16日
東京都庁個人情報開示課へ、「110番通報」の開示請求について相談に伺う。

■3月18日
弁護士に「110番通報」の開示請求のため「23条照会」をかけていただく。(3月24日付照会)

■3月23日
新宿警察署に男子大学生を住所氏名不詳のまま暴行容疑で告訴しようとしたが拒否される。
暴行現場である階段の手前に、新しい階段が完成。

■4月6日
東京地方検察庁に弁護士と告訴状を持参。

■4月8日
新宿警察署から「郵送した告訴状を返送する」と2度めの告訴拒否の連絡を受ける。

■4月12日
目撃者探しのためのブログを開設。

■4月20日
検察庁から電話。検察庁は告訴を受理する方向で動く旨および証拠としてボイスレコーダーを提出してもらいたいという要請を受けた。

■4月23日
息子が11時27分にかけた「110番通報の記録」が一部開示された。(4月19日付回答)

■4月27日
検察庁から電話。都の迷惑防止条例の不起訴記録は非開示と連絡を受ける。

■5月25日 検察庁から「男子大学生に対する告訴状は受理されている」旨の連絡を受ける。

【メディアの報道と警察署・JRのコメントの変遷】
■5月7日
夕刊フジに記事掲載。

■5月17日
週刊ポストに記事掲載。

■5月20日
産経新聞に記事掲載。
同署(新宿署)によると女性は触ったという人物の顔を見ていない。
唯一の物証は防犯カメラの映像だという。
「女性の『(誰かに)触られた』という証言は信用できる。すれ違った瞬間はカメラの死角だが、証言と同じタイミングで触れる人は原田さんしか写っていない。証言と映像で複合的に判断した」と説明する。
「本来は立件するような事案ではなかった。母親の『暴行』との訴えや、相手の女性の気持ちも考慮した結果白黒つけるべき話になった」
「(大学生の行動は)痴漢の行為を引き留める行為の一環」

■5月25日
週刊女性に記事掲載。
【新宿署のコメント】
「痴漢と暴行をセットで捜査して終了した」
「原田さんが亡くなったことは、大変お気の毒ですが、本件については必要な捜査を適正に行ったあとに送致しております」

【JR東日本のコメント】
「社員が現場に駆けつけたときは、1人の男性が馬乗りになって押さえつけていた、とのことです。痴漢ではなく、トラブルとして対処した、と聞いています」
■6月14日
フジテレビ:スーパーニュースで放送。

■6月15日
司法記者クラブで記者会見。
ニコニコ動画で生放送。
TBSニュース23で放送。
■6月16日
産経新聞に記事掲載。
毎日新聞に記事掲載。
共同通信社にて記事配信。

■6月21日
【JR新宿駅駅長室】
『駅助役の話』
[12月10日・8号ホーム23:05迷惑行為で110番]について
「迷惑行為といっても喧嘩、痴漢など色々ある」(A助役)
「社員が現場に行って確認してから110番通報をしている」(A助役)

■6月28日
【JR新宿駅駅長室】
『駅助役の話』
「JRの社員が現場に行き、女性から『痴漢』と言われたので、8号ホームから別の社員が警察に通報した。」(A助役)
「『迷惑行為』とは『痴漢行為』を指していう」(他の職員)
「警察官に引き渡した時間は、通常だと110番通報をしてから10分か15分後になる」(A助役)

「(テレビの警察のコメントのあった)息子が駅員の方の名札を奪ったというのは本当ですか」  という質問に
「警察に聞いてもらいたい」(A助役)
「事実です」(他の職員)

■7月7日
目撃者の証言等から、「息子のかけた110番通報」は11時過ぎ頃と判明し、二度目の「23条照会」をかけていただく。

■8月11日
警視庁・新宿警察署及びJR東日本への【質問状】を送付する。

■8月13日
息 子が11時20分にかけた「110番通報の記録」が開示された。「応答した直後に無言のまま切断されています」という内容だった為、通信指令センターの山岸氏と会話をした最初の「110番通報の記録」を開示請求のため、三度めの「23条照会」をかけていただくことになる。
■8月24日
JR東日本からの【回答】が届く。
公開質問状の回答から(一部抜粋)
「現在は警察当局に提出しました防犯カメラの映像は返却され、当社で所持しております」とのこと 
※1 2月25日の回答では警察から証拠保全の指示がなかった為、消去して無いとの回答

ニコニコ動画で二度目の生放送。

■9月11日
警視庁新宿警察署からの【回答について】が届く。
警視庁新宿警察署からの【回答について】は、【回答について】は回答できないという内容。

■9月29日
故黒木昭雄氏と初めて面会。

■10月18日
新たな目撃者の目撃証言を代理人の弁護士が検察庁特捜部佐藤検事に提出。

■10月19日
新宿駅の事件現場で何時もの様にポスターを掲げて立っていたところ駅員が現れ
「こんなところに立っていないで、改札の外へ行ってください」と言われる。

■10月20日
事件現場で一人で立っていたところ、突然駅員が現れ至近距離より写真を撮られる。
「私には肖像権がありますので、その写真はお返しください」と言ったところ駅員は 「私はあなたを撮ったのではない。工事中の現場の写真を撮っただけです」と言い残し、逃げるように駅長室に入る。

■10月26日
再度、JR新宿駅のU助役に写真を撮られる。
一緒にいた人も2回フラッシュを浴び、20日と同様に、写真を返却するよう言ったが、「あなた達を撮ったのではない。構内の写真を撮っただけです」との返答。

■11月1日
午後4時に故黒木昭雄氏と最後の会話。
原田:「明日メールをお送りいたします」
黒木:「わかりました」

■11月6日 
夕刊フジ 「目撃者現れ新展開」
産経新聞MSNニュース に掲載。

■12月2日
午後1時:東京地方裁判所の決定の元、証拠保全の検証を行うため、裁判官・書記官・弁護士の先生・カメラマンの方が東京都警視庁通信指令本部に出向く。
しかし、警視庁は、「人手が足りない」「業務に支障をきたす」等の理由で、証拠保全の検証手続きを12月27日に先送りにする。

■12月6日~9日
「日刊サイゾー」にて
「短期集中連載」発生から1年「新宿駅痴漢冤罪暴行事件」の闇 ①~④が掲載される。

■12月7日
警察が信助さんを痴漢の犯人と断定した根拠とされる「新宿駅の監視カメラの映像」を、JR東日本に証拠保全に出向くも、提出された証拠はデータをVHSのテープにコピーした不鮮明な映像であり、しかも、事件が発生したと言われている時間とは違うものであった

■12月10日
ニコニコ生放送にて一周忌企画として三度目の生放送
「痴漢と呼ばれ自殺~1年前の夜、新宿駅で何が起きたのか?」

出演者)
津田大介(メディアジャーナリスト)(@tsuda)
原田尚美(信助さんの母親)
江川紹子(ジャーナリスト)(@amneris84)
小川健(夕刊フジ記者)(夕刊フジ公式サイト:ZAKZAK)

■12月11日
信助さんの一周忌法要が行われる。
■12月14日
夕刊フジ 及び ZAKZAKにて記事掲載
【夕刊フジ編集局から】ジャーナリスト江川紹子も追い続けるJR新宿駅・突然痴漢容疑で自殺

■12月15日
東京地検は、息子を暴行の被害者とする、告発を「嫌疑なし」「証拠なし」として、立件しないと決める。

■12月17日
夕刊フジ 及び ZAKZAKにて記事掲載
【夕刊フジ編集局から】亡き息子の痴漢えん罪を訴えた母の願い

■12月27日
午後1時:東京地方裁判所の決定の元、証拠保全の検証を行うため、裁判官・書記官・弁護士の先生・カメラマンの方が再度、東京都警視庁通信指令本部に出向く。
警視庁は、音声の記録は提出せず、文書の記録をコピーした紙を提出する。
警視庁の提出した記録により、事件の翌朝4時30分には、被害女性が「(息子は)人違いだった」と証言していたことが判明する。
2011年
■ 3月4日
真実を明らかにするために、この度、東京地方検察庁に対し、要望書を提出
要望書「新宿駅痴漢冤罪事件、事件記録閲覧の申請に関して」(PDF形式)
支援:犯罪被害者家族の会Poena 
■ 3月10日
警視庁情報公開センターに息子の写っている「牛込署の保有する防犯カメラの映像」の開示を請求。

■ 3月31日
犯罪被害者家族の会Poena 代表の小林邦三郎氏にご同行頂いて、検察庁にて「新宿駅の防犯カメラの画像」の開示請求書を提出する。
刑事部高橋検事より、【要望書】の質問に対して「検察庁の捜査に違法性はない」という回答がある。
警視庁に「牛込署の保有する東京駅から大手町駅間の息子が写っている防犯カメラの映像」の開示を再度請求。
中野寛成国家公安委員長宛に【要望書】を提出する。

■ 4月4日
警視庁情報公開センターより、息子の写っている「牛込署の保有する防犯カメラの映像」の開示は刑事訴訟法第53条により開示できないと回答が届く。

■ 4月7日
国家公安委員会より、四行の手紙が届く。 

【4月7日付けで届いた国家公安委員会からの手紙】
 ご子息を亡くされましたことにつき、心からお悔やみ申し上げます。
 原田様からの書面を拝見しましたが、国家公安委員会は警察庁を管理する行政委員会であり、ご要望には応じられませんので、ご理解いただきたいと存じます。
  平成23年4月7日                                                  国家公安委員会


4月30日は息子の誕生日です。生きていれば、27才になるはずでした。
転職した大学の職場にも慣れていた頃と思います。
昨年の4月30日は、新宿駅で目撃者探しの呼びかけをしているところに、夕刊フジの記者の方が取材に来てくださいました。
今年も、息子の遺志である目撃者探しをしようと考えています。                                         


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。

2011年4月10日日曜日

目撃者を探しています! 4/10追記

原田です。

皆様から沢山のコメントや励ましのお言葉をいただき感謝しています。
現在10310名の方々から、ご署名をいただくことができたのは、皆様の応援のお陰です。
ご支援くださる皆様、本当にありがとうございます。

皆様に今日は、3月31日の出来事をお伝えしようと思います。

3月25日に検察庁記録課の鈴木氏より、「新宿駅の防犯カメラのコマ送りの画像の開示請求をされるなら、訪庁してください。その時に、刑事部の担当検事から、原田さんの要望書の質問にお答えします」というご連絡がありました。
小林邦三郎様にご同行頂いて、3月31日にお伺いしました。

記録課で「息子が写っている新宿駅の防犯カメラのコマ送りの画像」の開示請求書を提出しました。
その後、刑事部の高橋検事と会見し、3月4日付で鈴木和宏検事正へ送付した
【要望書】の質問
 1.捜査の問題はなかったのでしょうか。
 2.息子の死亡後の被疑者としての書類送致について,問題はないとお考えでしょうか
  についてご説明を頂きました。

小林氏は「四十九日経ってから、被疑者として書類送致した新宿署の行為について」ご質問くださいました。
私も「暴行した事実があるのに、学生を書類送致しない新宿署の行為について」質問しました。
「検察庁に送られた息子さんの事案を『不起訴』にした件については、検察庁の行為に違法性はない」というご説明でした。
刑事訴訟法第47条・第246条・第339条をコピーしたものをお渡し頂いて、
「第246条により、新宿署の書類送致が必要であった」というご説明を受けましたが、「それでは学生の書類送致がされていないのは、職務怠慢ではないでしょうか」という質問には、明確なご回答を頂くことはできませんでした。

次に、警視庁に伺いました。
3月10日に警視庁情報公開センターに「牛込署が保管している、東京駅から大手町駅までの地下通路内のビデオ映像のうち、原田信助の歩行状況が映っている、2009年12月11日6時17分から6時26分までのもの」を開示請求に伺いましたが、「ご本人以外には開示できない」ということで、開示請求書を提出することもできませんでした。
小林様が、情報公開センターの職員の方々に、「事件とは別の映像であるから、開示できない理由はない」ことをお話くださいましたが、「法により開示できない」ということで、後日文書にてご回答頂くことになりました。

最後に総務省に伺い、3月17日付けで送付した【中野寛国家公安委員長への要望書】は、宛名が中野寛成氏のお名前に不備があったため、
回答期限を4月15日に変更の上、再度提出しました。
誠意あるご回答をお待ちしております。


4月11日午後3時から、息子の母校である早稲田大学の大隈講堂の前にて、事件解決に向けてご協力をお願いする街頭宣伝を行います。
お時間がございましたら、ぜひお立ち寄りくださいませ。


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。
 

2011年3月19日土曜日

中野寛国家公安委員長への要望書

原田です。

皆様から沢山のコメントや励ましのお言葉をいただき感謝しています。
現在10256名の方々から、ご署名をいただくことができたのは、皆様の応援のお陰です。
ご支援くださる皆様、本当にありがとうございます。

東日本大震災で被災された方々に、心からお見舞い申し上げます。
お亡くなりになった方々のご冥福をお祈り申し上げます。
行方のわからない方々が、無事にご家族の元へお帰りになられることを祈っております。

皆様に今日は、3月17日付けで送付した【中野寛国家公安委員長への要望書】を公開しようと思います。

 ●国家公安委員長 中野寛 様
                       2010年3月17日
【要望書】

前略 私は原田尚美と申します。

私の息子である原田信助(当時25才)は,平成21年12月10日午後11時過ぎ頃,帰宅のため,新宿駅構内を通行中に,見知らぬ大学生より,突然階段から引き落とされ、暴行を振るわれました。
信助が,その大学生の友人の女性に対して,「お腹のあたりを触る」痴漢行為をはたらいたというのです。
しかし,信助は非常に真面目で,女性に対して優しく,礼儀正しく,決して他人に危害を加えるような人間ではありません。また,信助が念願の新職場に就職したばかりで
当日は歓迎会の帰り道だったことも考えれば,信助が痴漢行為に及んだとはとても考えられず,痴漢の嫌疑は大変な間違いであったと言わざるを得ません。
そもそも「お腹のあたりを触る」痴漢行為というのはきわめて不自然ではないでしょうか。
仮にその大学生にとって信助が疑わしいと思われたのだとしても,事実の確認もせずに,信助に対して振るわれた暴行は,痴漢犯人の身柄を確保するという逮捕の目的をはるかに逸脱した,
過剰で違法な暴行です。

ところが,警察は,信助の被害の訴えを十分取り上げないまま,信助を痴漢行為の被疑者として深夜にわたり取調を行いました。その結果,信助は自分の無実の訴えが通り,後日,新宿警察に,
暴行の被害届を提出することにはなったものの,長時間の取調に拠り,精神的苦痛による心労から,翌朝,自殺に追い込まれました。

さらに,警察は,亡くなった信助を痴漢の被疑者として書類送検し,一方で,信助が必死で訴え続けていた暴行被害については,十分な捜査を行わないまま,書類送検も行わず,
事件として終わらせてしまいました。

信助本人は亡くなりましたが,だからといって,信助の受けた暴行被害が,社会的に不問に付されてよいはずがありません。信助は,今は何も語ることができませんが,当時は確かにはっきりと被害を訴え,加害者に対して処罰を求めていました。
私が恐れているのは,信助が亡くなっているがために,信助の受けた暴行被害までもが,存在しなかったものとしてうやむやにされることです。
事件発生直後に,駅の防犯カメラの事実確認がきちんとなされていれば,信助の受けた暴行被害は明らかですし,痴漢行為についての真実も明らかになっていたはずです。

信助の遺志に沿うべく,私は東京地方検察庁に告訴状を提出し,ようやく受理されましたが,2010年12月15日に,特捜部岸毅検察官より,「嫌疑なし」「証拠なし」というご連絡の元,
「不起訴」処分の通知が届きました。

唯一の肉親として,息子・信助がどのような疑いをかけられ,どのような取り調べを受けたのかなど,その事実確認を捜査機関に対して行なうことは遺族の知る権利であると考え,
2010年8月11日に,警視庁に対して,質問状を送りました。(添付資料:1)

ところが,9月10日付けで届いた警視庁からの回答は,「個別事件の捜査に関する事項につき、回答は差し控えさせていただきます。」というものでした。(添付資料:2)

今年の2月8日に,東京地検に対して,息子が暴行を受けた現場である,JR新宿駅の防犯カメラの映像と,息子が暴行を受けた証拠として,2009年12月11日の朝4時頃,
新宿警察署のやすひら氏により撮られた,息子の全身写真の開示請求を求める要望書を送付しました。(添付資料:3)

検察庁記録課の職員の方の,情報開示請求に対する回答の変遷(添付資料:4)の理由を伺うべく,3月4日付けで,東京地検鈴木和宏検事生宛に「要望書」を送付したところ,
8日に記録課の鈴木氏より,ご連絡があり、「要望書の質問には,記録課として回答できないので,「要望書」は刑事課へ引き継ぎました」とのことでした。 
息子を,痴漢の被疑者と認定した根拠とされる,防犯カメラの映像の開示を拒み,また,息子が,暴行を受けた証拠として,撮られた写真を,隠匿する検察庁と警視庁の行為は,
不透明と言わざるを得ません。

尚,2010年12月27日の,東京地裁による,警視庁への証拠保全の検証により,2009年12月11日には,痴漢被害を申告したという女性が,
「(息子は)人違いだった」と,証言した記録があります。(添付資料:5)
人違いであると知りながら,痴漢の被疑者として,検察庁に書類送検した,新宿警察署の行為は,社会的な問題であると言わざるを得ません。

3月8日付けで,検察庁に対し,息子・信助が写っている,新宿駅の防犯カメラの映像と,写真の開示請求をしましたが,未だに回答がありません。(添付資料:6)
中野国家公安委員長様には,この事案が,社会的に大きな問題であることを認識して頂き,検察庁に,証拠の閲覧,及び謄写の申請に,お力添えを頂きたく,お願い申し上げます。

つきましては,2011年3月31日(木曜日)までに,以上の要望事項に応じて頂けるか否かを文書にてご回答ください。
回答文書の送付先は,下記にお願いします。
       
     〒●●●-●●●●
     ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●     
      
  以上, よろしくお願い申し上げます。

   原田 尚美


東日本では物資の不足が相次ぎ、都心でもお米やペーパー類が入手困難になりました。
3月11日から、ツイッターは休止しています。
被災地の方々の通信手段が復旧した時に、再開しようと考えています。


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。

2011年3月9日水曜日

東京地検とのやりとりについて 3/7 追記

原田です。

皆様から沢山のコメントや励ましのお言葉をいただき感謝しています。
現在10239名の方々から、ご署名をいただくことができたのは、皆様の応援のお陰です。
ご支援くださる皆様、本当にありがとうございます。

前回の追記でお伝えしました小林邦三郎様は、ご子息の魂の安息のために、私のような犯罪被害者の遺族のために、15年間、関係機関に正義を訴えて来られた方です。
新宿駅で目撃者探しを始めた3月11日から、池袋駅で15年間目撃者を探しておいでの小林様の噂はよく聞いておりました。
「息子を失った同じ悲しみを共有できるこの方に是非お会いしたい」という思いが叶い、今年の1月20日に新宿駅でお会いすることができました。
小林様にお力添えを頂き、新宿駅の防犯カメラの映像と息子の写真を閲覧させて頂くよう、検察庁にお願いをしてきました。
当初は、「当庁に手続きに赴いてください。」というご回答でしたが、現在は「閲覧・謄写はできません。」という回答に変わりました。
皆様に今日は、3月4日に 鈴木和宏 検察正 宛てに【要望書】を送付した経緯をお伝えしようと思います。

 ●東京地方検察庁 検事正 鈴木和宏 様

                                   2011年3月4日

 【要望書】

 前略 私は原田尚美と申します。

 私の息子の原田信助は、「2009年12月10日午後11時すぎに,JR新宿駅の15、16番線ホームの階段または通路付近にて、たまたますれ違った3名(男性2名、女性1名)の大学生グループに
 ちかんの疑いをかけられ暴行されました」(以下、「事件」とします)。
 その後、息子・信助は、新宿駅西口交番を経由して新宿警察署に連行され、「事件」に関する取り調べを受け,警察を出たのは午前5時45分でした。
 心身ともに追い詰められた息子・信助は,2009年12月11日午前6時40分ごろ,東京メトロ東西線 早稲田駅のホームで自ら死に追い込まれました。

 唯一の肉親として、息子・信助がどのような疑いをかけられ、どのような取り調べを受けたのかなど、その事実確認を捜査機関に対して行なうことは遺族の知る権利であると考えております。
 つきましては、2011年3月11日(金曜日)まで」に以下の要望に対して文書にてご回答ください。
 回答文書の送付先は,下記にお願いします。

      〒●●●ー●●●●      
      
      ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●     
      
      原田 尚美

 【2月8日付けで,検察庁に送付した申請書】
 
 ●東京地方検察庁 御中
                                   2011年2月8日

2月2日に小林邦三郎様が,検察庁記録課に問い合わせをされたところ,2009年12月10日事件当日のJR新宿駅の,息子が写っている防犯カメラの映像が,検察庁にあるというお話でした。
 そして,遺族である私が申請書を提出すれば,見せることを検討する旨お答え頂いたということを伺いました。

[1]息子がJR新宿駅の西口改札を入る時の映像と,暴行を受けた現場である15・16番線ホームへ昇降する階段の上に設置された防犯カメラの23時頃から23時30分頃までの映像と,
 暴行を受けた後に,西口交番に連行される時の映像は,検察庁にあるのでしょうか。
 映像が「有る」のなら、その映像を閲覧することは可能でしょうか。
 可能でしたら,小林邦三郎様他一名ご同席の上,閲覧をお願い申し上げます。
[2]暴行の証拠として,12月11日に,新宿署にて撮影された息子の写真が,検察庁にあることを,元新宿警察署黄海副署長から伺っております。
 息子の写真を確認させて頂くことは可能でしょうか。
 以上 よろしくお願い申し上げます。

 【2月10日付けの,検察庁からの回答】
 
 ●東京地方検察庁統括検務官(記録担当)

 記録の閲覧申請について

 平成23年2月8日付け「申請書」と題する書面でお尋ねの件について,記録の閲覧申請は,申請者が御本人であること及び申請目的等の確認が必要であるため,身分を証明するもの及び印鑑を
 持参の上,当庁に赴き,所定の申請用紙に閲覧対象記録,閲覧目的,事件当事者との関係等を記入して提出していただく必要があります。
 前記書面では,御本人であること等の確認ができませんので,申請を希望されるのであれば,当庁に赴き申請願います。
 なお,昨年,貴殿の委任を受けた代理人弁護士から記録の閲覧申請を受けたことがありましたが,その際は閲覧不許可とされていますので申し添えます。

 【2月22日に小林邦三郎様と検察庁に伺い,宮倉事務官・鈴木氏と面談しました】

 この日,息子の写真と,新宿駅の防犯カメラの映像をコマ送りにした画像は,記録課にあることを,宮倉事務官より伺いました。
 両方とも閲覧の手続きをするか否か,訊ねられましたので,「コマ送りの画像ではなく,証拠課の方で保存されている映像を閲覧させて頂きたい」旨お伝えし,
 息子の写真を閲覧するため必要と言われた書類を提出しました。
 「証拠課」に保存されている,「新宿駅の防犯カメラの映像」閲覧申請の手続きに付いては,一週間以内に文書にて回答くださることになりました。

 【2月28日の鈴木氏からのご連絡】

 記録課の鈴木氏より,電話にてご連絡がありました。
 「写真の閲覧はできません。理由に付いては,本日,回答を投函しましたので,着き次第,ご確認ください。」
 「映像は元々閲覧できないものなので,文書にて回答する必要はありません。」

 【2月28日付けの,検察庁からの回答】
 
 ●東京地方検察庁総務部長 片岡 弘

 不起訴記録閲覧・謄写申出について(回答)

 平成23年2月22日付け貴殿から申出のありました原田信助に対する公衆に著しく迷惑のかける暴力的不 良行為等の防止に関する条例違反被疑事件の不起訴記録の閲覧・謄写については,
 刑事訴訟法第47条の趣旨に基づき,貴意に応じかねます。

 以上の経緯を顧みますと,2月10日には「閲覧の手続きに当庁してください。」ということでしたが,
 2月28日には,「映像は元々閲覧できないものである。息子の写真は,刑事訴訟法第47条の趣旨に基づき 開示できない」と回答が変遷しています。
 この変遷の理由を,文書にてご回答いただきたくお願い申し上げます。

 息子が自ら命を絶ってしまったことは,とても信じることができませんでした。
 昨年の1月11日に,新宿警察署にて,息子の写真を閲覧させて頂いた時に,初めて息子が自ら命を絶って しまったことが分かりました。
 写真の息子は,正気ではありませんでした。
 信じられない出来事の連続と,学生らから受けた暴行のダメージと,そして何より助けに来てくれた筈の警  察官らの対応が,正気を逸した理由でしょうか。
 私は真実を知りたいのです。
 JRの真正の映像を,検察官立会いの元,閲覧するご許可を頂きたくお願い申し上げます。

 1.捜査の問題はなかったのでしょうか。
 2.息子の死亡後の被疑者としての書類送致について,問題はないとお考えでしょうか。

 上記に付いても,大いに疑問を感じております。
 この2点に付きましても,合わせて文書によるご回答を頂きたくお願い申し上げます。


☆黒木昭雄氏は、「信助さんの事件は、村木さんの事件に勝るとも劣らない大冤罪事件です。」と憤慨してくださいました。
☆黒木氏のおっしゃっていた【明らかなる冤罪】を露呈しても尚、証拠を隠そうとする警察と検察に正義はあるのでしょうか。


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。
 

東京地検とのやりとりについて 3/7 追記

原田です。

皆様から沢山のコメントや励ましのお言葉をいただき感謝しています。
現在10239名の方々から、ご署名をいただくことができたのは、皆様の応援のお陰です。
ご支援くださる皆様、本当にありがとうございます。

前回の追記でお伝えしました小林邦三郎様は、ご子息の魂の安息のために、私のような犯罪被害者の遺族のために、15年間、関係機関に正義を訴えて来られた方です。
新宿駅で目撃者探しを始めた3月11日から、池袋駅で15年間目撃者を探しておいでの小林様の噂はよく聞いておりました。
「息子を失った同じ悲しみを共有できるこの方に是非お会いしたい」という思いが叶い、今年の1月20日に新宿駅でお会いすることができました。
小林様にお力添えを頂き、新宿駅の防犯カメラの映像と息子の写真を閲覧させて頂くよう、検察庁にお願いをしてきました。
当初は、「当庁に手続きに赴いてください。」というご回答でしたが、現在は「閲覧・謄写はできません。」という回答に変わりました。
皆様に今日は、3月4日に 鈴木和宏 検察正 宛てに【要望書】を送付した経緯をお伝えしようと思います。

 ●東京地方検察庁 検事正 鈴木和宏 様

                                   2011年3月4日

 【要望書】

 前略 私は原田尚美と申します。

 私の息子の原田信助は、「2009年12月10日午後11時すぎに,JR新宿駅の15、16番線ホームの階段または通路付近にて、たまたますれ違った3名(男性2名、女性1名)の大学生グループに
 ちかんの疑いをかけられ暴行されました」(以下、「事件」とします)。
 その後、息子・信助は、新宿駅西口交番を経由して新宿警察署に連行され、「事件」に関する取り調べを受け,警察を出たのは午前5時45分でした。
 心身ともに追い詰められた息子・信助は,2009年12月11日午前6時40分ごろ,東京メトロ東西線 早稲田駅のホームで自ら死に追い込まれました。

 唯一の肉親として、息子・信助がどのような疑いをかけられ、どのような取り調べを受けたのかなど、その事実確認を捜査機関に対して行なうことは遺族の知る権利であると考えております。
 つきましては、2011年3月11日(金曜日)まで」に以下の要望に対して文書にてご回答ください。
 回答文書の送付先は,下記にお願いします。

      〒●●●ー●●●●      
      
      ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●     
      
      原田 尚美

 【2月8日付けで,検察庁に送付した申請書】
 
 ●東京地方検察庁 御中
                                   2011年2月8日

2月2日に小林邦三郎様が,検察庁記録課に問い合わせをされたところ,2009年12月10日事件当日のJR新宿駅の,息子が写っている防犯カメラの映像が,検察庁にあるというお話でした。
 そして,遺族である私が申請書を提出すれば,見せることを検討する旨お答え頂いたということを伺いました。

[1]息子がJR新宿駅の西口改札を入る時の映像と,暴行を受けた現場である15・16番線ホームへ昇降する階段の上に設置された防犯カメラの23時頃から23時30分頃までの映像と,
 暴行を受けた後に,西口交番に連行される時の映像は,検察庁にあるのでしょうか。
 映像が「有る」のなら、その映像を閲覧することは可能でしょうか。
 可能でしたら,小林邦三郎様他一名ご同席の上,閲覧をお願い申し上げます。
[2]暴行の証拠として,12月11日に,新宿署にて撮影された息子の写真が,検察庁にあることを,元新宿警察署黄海副署長から伺っております。
 息子の写真を確認させて頂くことは可能でしょうか。
 以上 よろしくお願い申し上げます。

 【2月10日付けの,検察庁からの回答】
 
 ●東京地方検察庁統括検務官(記録担当)

 記録の閲覧申請について

 平成23年2月8日付け「申請書」と題する書面でお尋ねの件について,記録の閲覧申請は,申請者が御本人であること及び申請目的等の確認が必要であるため,身分を証明するもの及び印鑑を
 持参の上,当庁に赴き,所定の申請用紙に閲覧対象記録,閲覧目的,事件当事者との関係等を記入して提出していただく必要があります。
 前記書面では,御本人であること等の確認ができませんので,申請を希望されるのであれば,当庁に赴き申請願います。
 なお,昨年,貴殿の委任を受けた代理人弁護士から記録の閲覧申請を受けたことがありましたが,その際は閲覧不許可とされていますので申し添えます。

 【2月22日に小林邦三郎様と検察庁に伺い,宮倉事務官・鈴木氏と面談しました】

 この日,息子の写真と,新宿駅の防犯カメラの映像をコマ送りにした画像は,記録課にあることを,宮倉事務官より伺いました。
 両方とも閲覧の手続きをするか否か,訊ねられましたので,「コマ送りの画像ではなく,証拠課の方で保存されている映像を閲覧させて頂きたい」旨お伝えし,
 息子の写真を閲覧するため必要と言われた書類を提出しました。
 「証拠課」に保存されている,「新宿駅の防犯カメラの映像」閲覧申請の手続きに付いては,一週間以内に文書にて回答くださることになりました。

 【2月28日の鈴木氏からのご連絡】

 記録課の鈴木氏より,電話にてご連絡がありました。
 「写真の閲覧はできません。理由に付いては,本日,回答を投函しましたので,着き次第,ご確認ください。」
 「映像は元々閲覧できないものなので,文書にて回答する必要はありません。」

 【2月28日付けの,検察庁からの回答】
 
 ●東京地方検察庁総務部長 片岡 弘

 不起訴記録閲覧・謄写申出について(回答)

 平成23年2月22日付け貴殿から申出のありました原田信助に対する公衆に著しく迷惑のかける暴力的不 良行為等の防止に関する条例違反被疑事件の不起訴記録の閲覧・謄写については,
 刑事訴訟法第47条の趣旨に基づき,貴意に応じかねます。

 以上の経緯を顧みますと,2月10日には「閲覧の手続きに当庁してください。」ということでしたが,
 2月28日には,「映像は元々閲覧できないものである。息子の写真は,刑事訴訟法第47条の趣旨に基づき 開示できない」と回答が変遷しています。
 この変遷の理由を,文書にてご回答いただきたくお願い申し上げます。

 息子が自ら命を絶ってしまったことは,とても信じることができませんでした。
 昨年の1月11日に,新宿警察署にて,息子の写真を閲覧させて頂いた時に,初めて息子が自ら命を絶って しまったことが分かりました。
 写真の息子は,正気ではありませんでした。
 信じられない出来事の連続と,学生らから受けた暴行のダメージと,そして何より助けに来てくれた筈の警  察官らの対応が,正気を逸した理由でしょうか。
 私は真実を知りたいのです。
 JRの真正の映像を,検察官立会いの元,閲覧するご許可を頂きたくお願い申し上げます。

 1.捜査の問題はなかったのでしょうか。
 2.息子の死亡後の被疑者としての書類送致について,問題はないとお考えでしょうか。

 上記に付いても,大いに疑問を感じております。
 この2点に付きましても,合わせて文書によるご回答を頂きたくお願い申し上げます。


☆黒木昭雄氏は、「信助さんの事件は、村木さんの事件に勝るとも劣らない大冤罪事件です。」と憤慨してくださいました。
☆黒木氏のおっしゃっていた【明らかなる冤罪】を露呈しても尚、証拠を隠そうとする警察と検察に正義はあるのでしょうか。


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。
 

目撃者を探しています! 2/11 追記

原田です。

皆様から沢山のコメントや励ましのお言葉をいただき感謝しています。

皆様のお蔭で1月13日にご署名一万名に到達することができました。
ここに慎んで御礼申し上げます。
ツイッターを始めてから半年経ちましたが、2400名以上の方々からフォローして頂きました。
初めは一人で始めた活動でしたが、今では沢山の方々の応援を頂いています。
ご支援くださる皆様、本当にありがとうございます。

昨年の今頃は、一昨年の12月10日に新宿駅で関わってしまった方々のために、息子が帰宅することができなかった部屋に通っていました。
部屋中本だらけで、足の踏み場もないほどでした。
息子がたまに風邪をひいて自宅に夕食を取りに来れなかった時に、息子の部屋に夕食を届けに行ったことがありました。
部屋に入れてもらうことができませんでしたので、散らかっているんだろうと思っていました。
息子の部屋に入って初めて、私を入れなかったのではなく、入れることができなかったのだということが解りました。
机の上には、宅検・気象予報士・英検・証券アナリスト等の資格試験の教材が山積みにされていました。
事件の起きた一月前には、情報処理技術者の資格試験に合格していたことも、机の上の本の山の中にあった証書からわかりました。
10月に転職したばかりの大学の上司の方に「趣味は資格の取得です。」と話していたことを、12月のある日伺いました。
いつも何かにチャレンジしていた息子でした。

この頃、あるメディアの方から、国士舘大学野村講師の痴漢冤罪事件の解決にご協力された荒川区議の小坂英二先生のことを教えて頂きました。
初めて、小坂先生に息子の事件をお話した日、小坂先生は「何て酷い話なんだ。」と息子のために泣いてくださいました。
2月29日には、先生のブログに
【痴漢冤罪、そして自殺。目撃者を探しています】http://kosakaeiji.seesaa.net/archives/201002-1.html
という記事を掲載してくださいました。

皆様に前回の追記で昨年の1月11日のことをお伝えしましたので、今年の1月11日からの出来事をお伝えしようと思います。

■1月11日
昨年の1月11日から一年間、早稲田駅に献花に行きました。
ホームで息子に黙祷を捧げてから、早稲田駅の職員の方々に花束をお預かり頂いて、終電から始発までの間、線路に花束をおいて頂きました。
昨年の一周忌の法要の後に、息子の友人の方々と早稲田駅に献花に行き、早稲田駅の職員の方々に一年間の御礼をお伝えしました。
今年の1月11日は、息子が新宿駅で暴行を受けた階段の下に赴き、床に白い花束を置き、数分間、息子に黙祷を捧げました。
見知らぬ女性が「あなた大丈夫?」と言って肩にお手をかけてくださいました。
その後、息子が無理やり連行された西口交番に行きました。
なかに入ると、一人の警察官が「ご用件は?」と聞いてきましたので、
「息子の供養に伺いました。」とお答えしました。
そのまま床に花束を置き、数分間、亡き息子に黙祷を捧げました。昨年と同じく誰一人として話しかけてくる警察官はいませんでした。
そして、ふたたび花束と鞄を手に取り、交番を出て、タクシーに乗って新宿警察署を目指しました。
一階の受付はすでに終了していましたが、入り口の警察官に「そのまま2階にどうぞ。」と声をかけて頂いたので、階段で2階まで上がりました。

息子が午前4時頃、やすひら刑事から「原田さん、もう帰っていいですから。」と言われて連れてこられ、
わずかな仮眠をとった長椅子は綺麗なソファーに変わっていました。
私はソファーの上に花束を置き、数分間、息子に黙祷を捧げました。
私はそのソファーの前でいまさらながら、息子の無念を噛みしめていました。
息子は新宿警察署を出る前に、駅員たちに引っ張られたというネクタイを床に置いていました。
「よし行こう。」たった一言決心したように言うと、息子は新宿署を後にしたのです。

■1月20日
15年前のJR池袋駅暴行殺人事件の被害者のご遺族の方とお会いしました。
ツイッターで知り合った方から、ご連絡先を教えて頂きました。
新宿駅で目撃者探しをしているうちに、池袋駅で15年間も目撃者を探していらっしゃるご遺族のことを知り、以前からお会いしたいと思っていました。
この日、ご遺族の方のご協力の元、新宿駅の暴行現場で目撃者探しの呼びかけを行いました。
池袋駅で15年もの間、目撃者探しをされているご遺族を前に、新宿駅の助役さんは今回は突然写真を撮る等の行動にでることはありませんでした。
木曜日に通る目撃者の方にお会いすることができたのは、この方のお蔭です。
この方のご子息が事件に遭った4月には、池袋駅での呼びかけに私も協力させて頂くことをお約束しました。

■2月10日
昨日は事件のあった10日で木曜日でしたので、新宿駅に目撃者探しに行きました。
1月20日から、池袋暴行殺人事件のご遺族である小林邦三郎様にご協力頂いています。
先日はY助役に、「ここでそんなことをされては困ります。」というご指摘を受けましたが、昨日は予め駅長室に伺い、小林様が
1.池袋の事件も新宿の事件も駅構内で起きた事件であることから、JR側も責任を感じて協力するべきではないかということ。
2.駅長室日誌を再度検証させて頂きたい事。
3.防犯カメラの映像が鮮明であるのだから、12月7日に証拠として提出された不鮮明な映像ではなく、鮮明な映像を見せて頂きたいこと。
をお願いしてくださいました。

「ネットで事件を知りました。」「ツイッターで応援しています。」「ブログもツイッターも見ています。頑張ってください。」とお声をかけてくださった方が数名いらっしゃいました。
本当にありがとうございました。

昨年の12月7日のJR東日本と、12月2日・27日の警視庁における証拠保全の検証については、裁判所に証拠として提出するまでは、公開することができない性質のものだそうなので、
皆様に今はお伝えすることができません。
ほんの少し進展がありましたとご報告申し上げます。
ご報告できる時期がきましたら、このブログとツイッターの方からお伝えしたいと思います。

昨年の12月11日の息子の一周忌の法要の時に、息子の元同僚の方々から頂いた花輪の中のドラセナ・サンデリアーナは今も元気に葉を伸ばしています。
1月11日に頂いた猫柳は根を張り始めました。
いつまでも元気でいてほしいと思います。


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。
 

2011年1月11日火曜日

1月11日の記録から

原田です。

皆様から沢山のコメントや励ましのお言葉をいただき感謝しています。

現在9981名の方々から、ご署名をいただくことができたのは、皆様の応援のお陰です。
一人で始めた活動でしたが、今では沢山の方々の応援を頂いています。
ご支援くださる皆様、本当にありがとうございます。

昨年の1月11日に私が新宿警察署にお伺いしてから、今日でちょうど一年経ちました。
皆様に今日は当日の出来事をお伝えしようと思います。[9/20の追記から]

■1月11日
午前10時に新宿警察署へ伺うと約束した日、私は山の手線で新宿駅へ向かいました。
手には鞄と白い花束。鞄のなかには警察に答えていただくための質問状2通が入っていました。
白い花束は、息子に捧げるためのものです。
新宿駅では息子が暴行を受けたと思われる現場に赴き、手を合わせました。そして、西口の改札を抜けると、すぐ目の前にはタクシー乗り場。その右手横に交番が見えました。
息子が連れてこられ、3人の警察官に取り囲まれた、西口交番です。なかには数名の警察官がいました。私は無言で交番内に入っていきました。
私はそのまま床に白い花束を置き、数分間、亡き息子に黙祷を捧げました。その間、誰ひとりとして話しかけてくる警察官はいませんでした。
そして、ふたたび花束と鞄を手に取ると、交番を出て、タクシーに乗って新宿警察署を目指しました。
当時の新宿警察署は、吹き抜けのある1階に受付はなく、誰でも好きなように入れるようになっていました。階段で2階まで上がり、受付で黄海副署長と面会の約束がある旨を伝えました。
しばらく待つことになり、辺りを見渡すと、吹き抜け側の2階の手すりの前に2脚並んだ長椅子が、目に飛び込みました。
「あぁ、あそこで息子が」
1階が出入り自由な状態でしたから、風が吹き込んでくる。私には野ざらし同様に見えました。
息子は午前4時まで続いた事情聴取から解放され、この長椅子で仮眠をわずかに取っていたのです。
「こんなところじゃ、疲れた身体が休まるはずはない……」
いまさらながら、不憫で仕方がありませんでした。私はその長椅子に腰かけ、息子の無念を噛みしめていました。
そこへ、ふたりの男性が現れました。新宿警察署の黄海副署長と、菅原生活安全課課長です。彼らは一度顔を見合わせてから、私に話しかけてきました。
同じ2階の応接室に案内され、黄海副署長は、笑みを浮かべておっしゃいました。
「今日はもう我々はですね、腹を裂いてですね、本当の事実のありのままを、お話しようと思っているんですよ」
しかし、その前に私がボイスレコーダーでの録音をお願いしたときは、ふたりとも血相を変えて、「やめてもいいですけど」、「普通、録音しないんですよ」、
「出されて、やられたらお話できない」と口ぐちに拒否されました.

私が、「それでは、お話を」と切り出すと、「まあ、お茶でも一杯いかがですか、せっかく新宿署に来ていただいたんで。まあ、あとでいろいろ見ていただきたいなぁと思っていますんで」と、
黄海副署長、菅原生活安全課課長ともに熱心にお茶をすすめました。
「私に連絡をいただいたのは、ネクタイのことなんですか?」と質問をすると、「ネクタイのこともありますけれど、時間も経過しましたし、そろそろ説明を申し上げたいなぁと思いましてご足労を」とおっしゃいました。
まず、私は最初に、12月13日に黄海副署長からの電話で告げられた言葉を確認しました。私が少しずつ読み上げて、確認をお願いしました。
「おおぜいの人が行き交う新宿駅で息子さんを痴漢と断定するのは無理と痴漢容疑は晴れたが、その後、お互いの暴行容疑で取り調べが続いた」
と読み上げたとき、「取り調べ、じゃなくて事情聴取ですね」と副署長から訂正が入りました。「取り調べじゃなくて、事情聴取?」と私がたずねると、
「取り調べというと、犯人じゃないですか。ねえ。そうじゃないんで。事情を聴くという意味です」と言われました。
また、早朝に帰ってもいい、と言ったという説明については、「ずーっと長く署のほうのなかに帰ってはいけませんよ、という状態を作るわけにはいかないから」とのことでした。
そして、黄海副署長はこう言いました。
「痴漢の疑いというのは、たしかにかけられたんです。やっていないということもわからないんです。特定するにいたらなかった。そういうことです」
痴漢をしたか、痴漢をしていないか、両方のケースがあると言われ、私は「これだけは言わせてください、息子のために」と申し上げました。
「息子が、痴漢をしたり、自殺をしたりするようなことは、絶対にない、と、知り合いの者、親戚の者、大学の先生、息子の友人、みんな申しております」
黄海副署長は、「それはご本人にしかわからない」と言いました。私は、その言葉に、とても腹が立ちましたが、「そうですね、いまとなってはそうでございますね」と答えました。   
すると副署長は
「我々もそう思って冷静に判断したんですよ。息子さんのために判断したんですよ。結果的には。だって疑いかけられて、痴漢を特定にいたる材料がなかった、特定にいたらなかったということを我々は認定したんですよ」
息子がこの世にもういない状況において、「息子さんのために判断した」と言い切れる神経に私は耳を疑いました。
「たとえば、ひとりの悪意のある女性がいて、なにかの腹いせにということは?」とたずねると、
「たとえばというのはやめましょう。実際にあった話ですから。すれ違ったときにお腹を触られたんではないか、ということで、直後にいたのが息子さんですから。すれ違って。
それで女性が被害者だということで、周りの学生も加勢して抑えようとしたら逆に抑えつけられたのは向こうのほうだったんです。
息子さんのほうが馬乗りになっちゃったんですよ。怪我をするとしたら向こうのほうなんですよ」
と言われましたので、「では、トラブルとなったきっかけは?」と問うと、副署長の返答はこうでした。
「たとえばの話をやりましょう。女性が、この人が痴漢だと言ったら、一緒にいた人間はどうします? そんなの放っとけって言いませんよね。摑まえなきゃいけないと思うのが普通じゃないですか。
とりあえず事情を聞くために、ちょっと待ってくださいよって、押さえようとするのが普通じゃないですか」
「ちょっと待ってくださいよって、引き止めるのに、なんで馬乗りになったりする事態になったんでしょうか」
「だから、息子さんのほうが強かったんじゃないですか。結果的には駅員さんが見ているんです。息子さんが、相手に馬乗りになっているところを見ているわけですよ。相手は鼻血だして、怪我してる」
「息子が一方的に暴力を加えていると判断されたわけですか?」
「わからないです。要するに、お互いのトラブルじゃないかっていうことで、駅員は現場に行ったんです。そのときに息子さんは110番をしている」
このやり取りのあと、私は鞄から質問状を取り出しました。息子の経緯をたどりたいので、いつなにが起きたのか、質問状に空欄を設けている質問状です。
しかし、副署長は、受け取らず、「自分で書いてください」とおっしゃいました。
■物証はない
私が読み上げた質問状に対して、副署長は次のように回答しました。
・相手の学生3人は、午前1時ごろから別室で事情聴取を受け、午前4時ごろに一緒に帰った。
・息子は同じ時刻ごろから事情聴取がはじまり、午前4時ごろに終わったが、本人の「自宅に帰らないで、ここで寝たい」という希望により、2階で休んでもらった。
息子が休んでいるところを、署員は5時15分ごろに見たが、6時半ごろにはすでにその姿はなかった。息子が新宿署を出たところを、誰も見ていない。
・警察としては身柄拘束したわけではない。あくまで任意の事情聴取だった。
・後日、息子は相手を暴行容疑で訴えるため、被害届を提出すると言っていた。
・結局、被害届は両方から出ていない。
・両方の事情聴取により、警察は学生に「原田さんに痴漢の疑いがかけられていましたけれども、原田さんがやったという特定はできませんよ」と説明した。
・新宿駅のビデオカメラの確認はやっているが、普通は、階段を上から撮る、下から撮るという、階段の途中を撮影したカメラはない。息子と女性がすれ違ったことが確認できるビデオテープはない。
物証はない。
・ ビデオテープはないが、息子と女性がすれ違ったことは事実である。その根拠は、女性が、「犯人」の姿格好、身体の特徴、すれ違った状況を憶えていて、その 情報を総合して間違いないと判断したためである。だから、ビデオによる証拠は裏付けるものになるか、ならないかという話である。
・通路にはビデオカメラがあるがトラブルの様子は映っていない。したがって、どのビデオカメラにもトラブルがあった時点の映像は映っていない。
・息子に目立った外傷はなかった。
・女性の服装から指紋を取る等のことは、いま、捜査でいろいろやっている。しかし服からは指紋がとれるということはない。
・できれば、歯ブラシなどDNA鑑定に必要なものを任意提出してほしい。事情聴取の当日に採取しなかったのは、息子の死を予測しなかったから。後日来てもらったときに提出してもらうつもりだった。
・しかし、いま調査しているのは、暴行容疑についてで、痴漢容疑ではない。痴漢行為については特定できずで終わっている話。
・息子と相手方3人のアルコール検査の数値は、個人情報のため、お話できない。息子は泥酔まで至らなかったが、かなりの量が出ている。相手は男性ひとりが飲んでいない。息子とトラブルになった男性、女性はそれぞれ微量だった。
・110番通報の内容は、駅員に取り囲まれているとしか、記録がない。

いま、こうして列記してみても、黄海副署長の説明に、矛盾点がたくさんあることがわかります。
息子のボイスレコーダーを何度も聴いたあとでしたから、すぐに説明の不自然さに気づきました。それだけではありません。1月11日以降、新宿警察署が取った対応は、この時点で確認したことから、大きく変遷していくのです。
ちょうど110番通報について質問をしているときだったと思いますが、副署長は急に書類を見ながら、「お母さん、我々がなんか悪いことしたみたいに、いつ も言われちゃうのはつらいところがありますね。警察がなんか息子さんに悪いことしたみたいじゃないですか」 とおっしゃったのです。
ですから、「私はここでなにがあったのが知る義務がございます。息子がどういう足取りをたどって早稲田駅まで行ったのか、親として知らなければいけないので、お伺いしているんです」と申し上げました。すると、
「そ れはごもっともですけれども、息子さんは痴漢っていうことで疑っていたんですけれど……我々としてはなんでそういうふうに言われなきゃいけないのかなと 思っちゃうんですよね。逆につらいですよ、我々としても。で、息子さんを失くしたつらさはわかりますけれど、我々としても、一生懸命原田さんのためにやっ たのに、なんでそんなに言われなきゃいけないのかな、とつらいところがありますよ」
黄海副署長の言葉を聞いて、私のなかに抑えがたい感情が沸き上がりました。
「あの、私も、痴漢容疑を掛けられた人間が、どのような処遇を受けるかということは、今回のことがあるまで、まったく知りませんでしたので、まず第一にショックだったのは、
息子が痴漢にされてしまったこと。そして、そのために事情聴取を受けたこと。そして、その後、亡くなってしまったことです」
「うん、亡くなったことは不幸ですけれども、警察署としては痴漢を疑われてきたときに、事情を聴くのは当たり前の仕事です」
黄海副署長は自分たちもつらいと言う。息子を失った私は、もっとつらい。
けれども、一番つらく、悔しかったのは、息子自身のはずです。その心情を慮るような言葉は、この日、一言も伺うことはできなかったのです。
■確約証
私は副署長に、息子が書いた確約証を見せていただきたいと希望しました。ボイスレコーダーには、そのときの状況が残されていました。
息子は、事情聴取が終わりに近づくころ、〈明日の仕事に支障をきたすので、休養を取りたい〉と申し出ました。事情聴取を受けた部屋でわずかな時間、パイプ椅子を並べて休んでいたところ、
午前3時36分、刑事がやってきて、息子を起こし、後日呼び出しがあれば出頭に応じる確約証を書いてほしいと言われました。

刑事 後日ですね、刑事課、地域課、どちらかのほうで被害届を出してもらいますんで、今日は遅くなったんで、今日のところはいいですので。で、後日、出頭願い、警察のほうで呼び出しがあった場合は、こちらのほうに出頭しますよ、と言う確約書のほうを書いてください。
原田 (くぐもった声で)ちょっと待ってください……。
刑事 確約書というのは、いつでも警察署に来ますよって、それだけでけっこうです。要はあなたが確約証を出してくるときに(笑)、警察の呼び出しに応じますよって(笑)。
原田 ええ。書式はないんですか?
刑事 あぁ、ご自由に書かれてけっこうです。
原田 ……どう?
刑事 書きづらい?
原田 非常に、……どう表現したらいいのか。
刑事 あぁ、じゃあ書こうか。私が体裁を(笑)。
原田 えぇ、申し訳ないです。
刑事 でね、ここだと休みづらいから、どうします? 下のソファで休みます?
原田 (弱弱しい声で)できれば、そうしたいです。
刑事 わかりました。これを書いたら下に行きましょう。
原田 うん。
刑事 朝何時ごろ起こしゃいいですか?
原田 そうですね……7時半ぐらい。
刑事 7時半ごろね、わかりました。

明け方、意識が朦朧としているなかで、慣れない書類を書かなければなりませんでした。
息子の声の様子から、衰弱しきっていることがわかりました。まず刑事が確約書の体裁を手本として書き示しました。
息子はこのときコンタクトレンズを外していました。裸眼で0・1以下、そして疲労のため、文字を目で追うのがつらいようでした。そこで刑事が文面を読み上げ、あらためて息子が確約書を作成するという作業になりました。
書き写しながら息子は〈法廷でぜんぶ、という運びになるんですよね〉とたずねました。すると、刑事も〈裁判というかたちになりますよね〉と返しました。
息子は視力矯正ができていないため、字体が乱れることを気にしていました。

原田 この視力の状態で資料を書くと、社会的に欠陥があるような。
刑事 そんなことないでしょう(笑).
原田 いや、どうでしょう。
刑事 取り調べに、警察署にいつでも来ますよっていう(笑)、あれですから、ハハハ。
原田 これが公的に扱われるわけですよね?
刑事 いや、これ、警察署だけのあれですから。要はこういうふうに警察署に呼び出しがあったら来ますよっていう、我々に対する申し立て状ですから。
原田 ちょっと注意書きをしたいんですけれど。ちょっと視力が落ちた状態でしたっていう。
刑事 別に構わないですよ。警察署のほうだけですから。
原田 間違いないですか?
刑事 間違いないです。(確約書の文面に合わせて)……しましたが、このことで……警察署から、呼び出しがあった……いつでも……まあ、いつでもいらないか……出頭します。
原田 出頭って?
刑事 うん、お伺いしますでいいでしょ。自分のお言葉で。で、その下に平成21年12月11日。
原田 この字だと……。
刑事 大丈夫ですよ。ここに電話番号書いてください……で、ここに警察庁新宿警察署長。
原田 警察署?
刑事 警察署長ですね。新宿って書いておきゃいいや。新宿警察署長、で、立川の立、延びる、哲学の哲、そう。
原田 (書きながら)相手方とはこのあとどうなるんですか?  
刑事 あなたのほうが被害届を出して、その暴行の事実について……それはなんでしょうか?
原田 矯正視力がない旨を。
刑事 ハハハ、どうぞどうぞ、フフッ、ご自由にお書きください。いいですよ、注を入れなくても……らん、らん、らーん、なんだ? 乱筆……下にね。

刑事の声には、ときに含み笑いが混じっていました。いっぽう、息子はボロボロの身体で、それでも先方の要請に応じようと、力を振り絞っていました。
このときに書かれた確約書をこの目で見たいと望みました。
息子が危惧していたとおり、確約証の文字は乱れていました。実は、コインロッカーで発見された鞄のなかのコンタクトケースに使用済みのコンタクトレンズが2枚入っていました。
息子のコンタクトレンズは毎日使い捨てのものなので、それを見たときは、このコンタクトレンズを外した時点では、朝起きて、もう一度装着し、自宅には寄らず、その足で大学まで出勤しようとしていたのかしら、と考えておりました。
黄海副署長から見せられた、確約証の文字を見て、私は絶句しました。息子が事情聴取の際にノートに走り書きしていた文字と同じだったからです。
そのノートは鞄のなかから見つかりました。初めのほうのページは、新しい職場のための覚え書きや、講義の内容だったので、仕事用のものだと考えていたのです。
しかし、あるとき、なにか手掛かりがないかとページを後ろのほうまで繰っていると、急に、乱れた字で、シンジュクケイサツショ、録音で人権、防犯という文字や、人の名前、
階段の両脇に記された15、16という数字、そして、左下隅に「こうなっちゃった人生 事件 どういうわけで」と書かれていたのでした。
その乱れた文字は、息子の身になにか異常事態が発生しているのを知らせるシグナルそのものでした。確約証の文字もまた同様です。私はしばらく見つめたまま動けませんでした。
ボイスレコーダーを聴いていても、心のどこかで息子が自殺するなんて絶対にないという確信に似た思いを持ち続けていました。
しかし、その気持ちが揺らいだのです。そして、あぁ、息子は自殺したんだなと、はじめてそう思いました。
そして、黄海副署長に「もともと字がきれいな子じゃないんですけれど、本当にひどい精神状態で書いたのがわかります」と申し上げました。文面は次のとおりです。

確約証

本日、私は暴行を受けたことで新宿警察署で話をしましたが、この事で警察署から呼び出しがあれば、随時お伺いします。
平成21年12月11日
原田信助 印

新宿警察署長
安延哲夫殿

上記 ●(書き損じを消した後)視力が逸した状態のため乱筆になりました旨を記載します。

私はこの確約証を写真で撮らせていただけないかとお願いしましたが、無理だということでしたので、できるかぎり息子の文字を忠実に真似して、書き損じの後も同じようにしてノートに書き写しました。
■写真
また、この日は、新宿警察署で最後に息子が撮られた写真もこの目で確認しました。
息子の格好は、上着がぐしゃぐしゃになっていて、ワイシャツは、襟元が乱れ、ズボンが飛び出し、暴行を受けた際に引っ張られたからか、長時間の取り調べの際にそうなったのか、ネクタイは床のほうまで結び目が垂れさがっていました。
休んでいるところを起こされた息子は、確約証を書き終えると、次に写真を撮影すると刑事から言われました。

刑事 原田さんね、今日の服装のやつだけ、変わっちゃうんで、服装のとこだけ、こういう状況でしたよっていう、いまのネクタイがこうなっている状況の写真だけ撮りますから。そのときの状況ですよね? 引っ張られた。
原田 いやあの、駅員さんのあとですよ、これは。
刑事 うん、駅員さんのあとでけっこうですから。ここにいらっしゃった姿をそのまま撮りますから。
原田 ただ、そのあとに睡眠、仮眠を取らせていただいたり……。
刑事 あ、大丈夫ですよ。うん、いまの、とりあえず今日の服装だけ撮らさせていただきます。
原田 ああ。
刑事  どうぞ、お越しください。全身だけで結構です。
原田 それは、当時と……ちょっと待ってください。
刑事 いや、今日の服装、服装。
原田 任意ですか?
刑事 (さえぎって)よろしいですか。いきますよ……お鞄をお持ちになってください。
原田 ちょっと待ってください。それは被疑者としての撮影でしょ?
刑事 違いますよ。
原田 違いますか。まったく理解できないことが多い。
刑事 いや、法廷でも、それはこうですよっていう証明になりますから。よろしいですか。
原田 ええ、なんでいま出てくるんですか? そういった話が。
刑事 要は、このときにあなたが暴行を受けた……。
原田 (さえぎる)確認させていただけますか?
刑事 どうぞ。

このとき、息子は鏡で自分の姿を確認したようでした。

刑事 はい、それでよろしいですね。
原田 髪も、かなりなんか……。
刑事 (笑いながら)髪は関係ないでしょ。

原田 狂人みたいな感じに見えますがね。
刑事 関係ない、関係ないです(笑)。
原田 本当ですか?
刑事 関係ない。……よろしいですか?
原田 ええ、これは……。
刑事 はい、どうぞ。

そして、シャッターが切られました。
写真のなかの息子の表情は、我を失っていました。自分に起こっていることが信じられないといった様子でした。思えば、ひどい暴行を受けたあと、4時間近く、事情聴取を受けていたのです。
どれほど疲れ果てていたことでしょう。息子の視点は焦点が定まらず、どこを見ているのかわかりませんでした。自分の人生の果てが見えてしまったのかもしれません。
25年間、育ててきて、はじめて見る、息子の表情でした。
私はショックを受け、また言葉を失いましたが、我に返りました。この写真こそ、最終的に死にいたらしめられるまで苦しめられた、動かぬ証拠だ、と。
「写真に撮らせていただいていいでしょうか」
そう申し出ると、黄海副署長は、「本来、裁断しなきゃいけない性質のものですから」と許可してくれませんでした。私が、その意味がわからないでいると、「息子さんは犯人じゃないんで、裁断しなきゃいけないんです」とおっしゃいました。
私は焦りました。「裁断する前にいただけないでしょうか」
「いや、取っときますから、これからも」
「いつまで取っていただけますか?」
「ずっと取っておきますよ」
「ずっと、とおっしゃいますと、私が生きている間でございますか?」
「取っておきます」
息子の写真は生きている間はずっと新宿警察署で保管される、裁断されない、と副署長が明言したことに、安堵しました。

ところが、息子の写真は、その18日後に、東京都迷惑防止条例の被疑者としての書類に添付されて、検察庁に送られることになるのです。
息子の写真は、私の生きている間はずっと新宿警察署で保管される、裁断されない、と副署長は明言しましたが、
実行されることはありませんでした。


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。


●署名TV
原田信助の受けた暴行被害について、
十分な捜査を実施し,犯人を起訴することを求める署名



●署名TV
原田信助の受けた暴行被害について、
十分な捜査を実施し,犯人を起訴することを求める署名

[※] 携帯電話専用です。

1月11日の記録から

■ボイスレコーダー
二杯目のお茶をすすめられたとき、それまであまり口を開かなかった菅原生活安全課課長が、「お母さん」と話しかけてきました。
「ボイスメモ、なんか、お持ちだったんですか、息子さん」
「あの、ボイスレコーダーが……実は、最初はなかったんですが、あとから牛込警察署の落し物係のほうに駅員さんが届けられて」
「そのボイスレコーダー、まだお持ちですか?」
「もちろん持っています。息子の遺品なので」
「あの、暴行、相互暴行の事実も捜査しているので、そういったことでもし役立つような内容があればですね、活用させていただければと思いまして」
私はとうとう本題が出てきたと思いました。
「もし、そのテープ、うちのほうでデータ―を取らせていただくことはできないですか?」
「データで取らせていただいて……」
「ええ」
「息子が言っていたとおり、たとえば階段にビデオカメラがないのであれば、立証することは無理なんじゃないですか。
階段を上っていたら、突然、腕を掴まれ、階段の下に叩き落とされ、頭を床に打ちつけられたということを、西口交番のHさんという警察官に、息子は訴えております。
が、それを立証できないんであれば、ボイスレコーダーをお貸ししても意味もないんではないですか? 
それとも、息子が打ちつけられているのは、どうもこのノートから見るかぎりでは、一番下のようなので、違う角度から探していただけないでしょうか」
「それは、いま、あの捜査してやっていますので」
「あの、お願いします。そうしないと、息子も浮かばれないと思いますので」
「録音をちょっと参考にということはしていただけない、提出していただけないということでよろしいんですか」
「いえ、あの息子が受けた暴行を立証する可能性があるのならば」
「僕が、私、なに入っているかわからないんで」
「そうですね」
「ええ、どういう話なのかっていうの、まったく知らないものですから」
「ご存知ない?」
「ええ、うちはぜんぜん聞いてないんで」
「あ、どういう事件だったかということはご存知……」
「いや、あのそのテープ、ボイスレコーダーの内容っていうのは、どういうのが入っているか知らないものですから」
「そうですか。でも、牛込警察署のほうではご存知かと思いますが」
「でも……」

しばらく、菅原課長と私の問答をみていた黄海副署長が、間に入ってきました。
「牛込署でも聞いていないんです。個人のプライバシーなんで」
その後も、ボイスレコーダーの提出を求められましたが、私はボイスレコーダーそのものの提出は拒否しました。
息子のボイスレコーダーは旧型のもので、ロック機能がついていません。
他意はなくても、うっかり消去してしまう可能性が大きく、実際、私も操作する際は、消さないようにボタンの位置に気を使っていました。
そして、なによりこのボイスレコーダーは息子の遺品です。形見のひとつです。無防備に「はい、そうですか」とお渡しする心境にはなれなかったのです。
ひととおりの質問を終え、次に場所を移し、新宿駅の現場を案内してもらうことになりました。私はその前に、息子が事情聴取を受けていた部屋を見せてほしい、と、お願いしました。
部屋の印象は、ガランとした空間の中に、机をはさんでパイプ椅子が向き合い、窓には鉄格子が掛けられていて、まるで牢獄のように見えました。
この部屋で、息子が社会的影響を気にしていた発言をしています。パイプ椅子を並べ、横たわる直前の会話です。

原田 任意同行なので、明日私が出勤することは可能なんですか?
刑事 ん? いまの段階ではまだ話がまとまってないからですね。
刑事 あのー、会社のほうは行かれて結構なんですけれど、ただほら、被害届を出すっていうことになれば……。
原田 そのあとでいいですか?
刑事 そのあと?
原田 ええ。
刑事 そしたらですね、わかりました。いま、あのうちのほうで扱っている制服の警官がいますからね、そちらのほうが扱いますのでね、そちらのほうに話してもらって。
原田 はい。
刑事 後日、まあ出頭してくださいってことで、そのときに被害届を作りますっていうなら、それでもかまわないと思います。
原田 それで、なんらかの不利は? 私のほうに被るっていう可能性は?
刑事 不利っていうのは、ないでしょうね。
原田 じゃあ、私がいまここで休養を取って、出勤して、そのあと被害届のほうの作成に移行することで、なんら社会生活に支障をきたさないという認識ですか?
刑事 それはー、申し訳ないんだけれども、それを扱う警察官のほうのやっぱり手続きの関係とか。
原田 ええ、ええ。
刑事 そちらのほうでちょっと、お話を聞いてもらうっていうかたちになります。
原田 それでこう、なんだろう。まぁ、話は悪いですけど、ニュースとかで見る、ゴシップとかで見るような、ドラマみたいな、職場に知らされたりみたいな……。
刑事 ないですね。
原田 あの、実家のそばに……。
刑事 我々のほうはしない。そんなことは(笑)、ハハハハハ。
原田 じゃあ、
刑事 (笑いが止まらない)ンフフフフフ……。
原田 あの、なんの気兼ねなく、出勤して臨めばいい、と?
刑事 あぁ、だと思いますよ、はい。我々のほうで会社に連絡を取ったりだとか、そういうことはしない。 
原田 (さえぎって)なんで、ここで、身柄を拘束されるのか?
刑事 私がさきほどお話したとおり(笑)、最初、あなたのほうが、痴漢したんですっていうことで、訴えてきたんで、やはりあなたのほうの話も聴かなきゃいけないからということなんです。
原田 ええ、ええ。
刑事 そのとおりでございます。
原田 (力なく)かしこまりました。

息子にとってみれば、日常が変わってしまうのではないかという畏れがありました。 しかし、その懸念を表したとき、相手の刑事は大笑いしたのです。

■決意
部屋を出て、黄海副署長と菅原生活安全課課長とともに、2階のロビーまで戻りました。事情聴取から解放された息子も、同じように2階のロビーにやって来ま した。同行した刑事は〈ここで、横になってください〉と長椅子を示しました。そして、〈もし、ご自分で目が覚めて、いかれるんでしたら大丈夫ですから〉と 言いました。息子は刑事の名を確認しました。生活安全課のYという名前でした。

原田 ちょっと、あの杞憂かも知れないんですけれど、社会生活に支障をきたすような、まあ、ドキュメンタリーみたいなものは、世の中いろいろあっているような気がするんですけれど、
冤罪みたいなもので、苦しめられ続けるみたいな、そういう支障はありうる可能性は?
刑事 いや、だって、被害届出すわけでしょ?
原田 出しますね。
刑事 えぇ(笑)、被害届出すんであれば、別にねぇ、あとは要は双方が話がつかなければ、当然、裁判というかたちに。
原田 ええ。
刑事 ええ。
原田 こっちからあっちに起こしていくということで、わかりました。
刑事 とりあえずは、(後日出頭の)日程のほうを調整させていただいて。
原田 先方の方も被害届を出すってことですか?
刑事 まあ、そうです。そうですね。
原田 じゃあ、私も出して。わかりました。
刑事 そのときには、扱った者、担当の者に聞いていただければと思います。
原田 そうですね。なにか新宿駅構内の写真とかないんですか?
刑事 それはいま、分析している最中です。
原田 分析ですか。わかりました。ほかには目撃者とかは?
刑事 そうですね。当然そうなりますね。
原田 私の周りにいた人とか?
刑事 出てくればいいんですけどねー。新宿駅、一日何十万人も来るわけですからねぇ。
原田 ビデオカメラは?
刑事 一番いいのは、やはりビデオカメラがそうですよ。そういう意味では駅員さんにも話を伺うべきですよ。
原田 現場にはいなかったのに?
刑事 フフッ(笑)、当然駅員さんにも話を伺います。

目撃者とビデオカメラ。息子は身の潔白を証明するために、最後まで正常な捜査をお願いしていました。

原田 あの、本当に私だけでなくて、生活安全課にその3人が呼ばれたんですか?
刑事 ええ、まだいますよ。手続き中ですよ。
原田 こっちに来て、ずっと私に対した質問のような形をとっていた?
刑事 ええ、そのとおりです。
原田 間違いなく?
刑事 間違いなく。アルコール検知もしておりますし。
原田 私は本当、駅員の方に、本当に一方的に……。
刑事 それはやっぱりね、駅員さん呼び出して捜査しないといけないですね。
原田 傷を負いました。恐怖をおぼえました。本当に。

その後、再出頭の段取りの話になりました。息子は〈弁護士の方に依頼する場合には、そのタイミングに合わせるって可能ですか?〉とたずねていました。

刑事 現時点の段階では、まだ刑事事件になってないわけですから。これからですから。
原田 同時出願という形になるんですか? 被害届は?
刑事 時間は違ってもお互いに、ということです。
原田 お互いに? それだと先ほどの話だと、私があって、みたいな、原因とそのあとみたいな感じになる?
刑事 そうでしょうねぇ。
原田 そうでしょうね!?
刑事 それは、双方の話がどういうふうになるか。
原田 それは……そうでしょうね。

Y刑事はふたたび〈目が覚めたら、帰っていただいて結構ですから〉と言い残し、エレベーターに乗って去っていきました。「上へ参ります」というエレベーターの音声案内が響きました。
ドアの開閉する音、足音、風の音、さまざま音が行き混じるロビーで、息子は疲弊しきった身体を長椅子に横たえました――。

長椅子を目にしていた私は、ふっと時間を遡り、その光景を見ているような気持ちがしました。どんなにつらかったことだろう、悔しかっただろう、お腹も空いていただろう。
眠っている息子を抱きかかえ、家に連れて帰ってあげたかった。無念が胸にこみあげました。 

「……ええ、だからちょっと、見てる人も、ちょっといないもんですからねぇ」
菅原課長の言葉に、我に返りました。当時、新宿警察署の1階の出入りは自由で、ドアが開閉するたびに冷たい風が吹き込んできていました。
吹き抜けの手すりの真ん前に置かれた長椅子で、熟睡できようはずもありません。
ボイスレコーダーには息子の咳の音、そして泣き声も残されていました。
午前5時40分の少し前、高い靴音が響き、息子は起き上がりました。
その後、トイレで顔を洗ったのでしょうか。水流音が何度も繰り返され、ポツリ、ポツリと落ちる水滴に重ねるように、
「よし、いこう」
小さくつぶやきしました。
そして、フーというため息が聴こえたかと思うと、息子は。嗚咽しはじめました。
す ると、ガシャンという音ともに倒れ込んだ様子で、同じトイレ内にいた人がなにか言葉をかけてきました。息子は〈大丈夫です〉と答えました。〈なにか保護か なんかされたの?〉と相手はたずねてきます。〈大丈夫です〉と繰り返して息子はトイレを出て、その足で新宿警察署をあとにしました。長椅子のうえで、目覚 めてから5分ぐらいの間の出来事です。
警察署の前の大きな道路を走りぬける、車の音が飛び込んでくるように録音されています。

息子は少し歩き、タクシーに乗り込みました。息子の声はこう告げました。
〈新宿駅へ〉――。

■新宿駅
新宿警察署を出て、菅原課長の案内で、新宿駅に着きました。

新宿駅に着いたとき、 息子はどんな気持ちだったたのだろう、どんなにつらかったことだろう、悔しかったことだろう。
時間を遡ることができるなら、死に向かう息子を引き止めたかった。息子の無念が胸にこみあげました。
「息子さんは、大学生とこの通路ですれ違ったんです」
菅原課長の思いがけない言葉に、我に返りました。
息子の残したボイスレコーダーには、何度も、取調べに当たった3人の刑事から、
「女性の方が階段で、あなたに、お腹を触られたと被害を訴えている」
「女性は階段で、真正面から来たので、あなたの顔を見ている」 などと言われて、明け方まで取り調べを受けていた様子が残されていました。
その時、新宿警察署にたいして、信頼してはいけないという不信感が、確信に変わったのです。


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。


●署名TV
原田信助の受けた暴行被害について、
十分な捜査を実施し,犯人を起訴することを求める署名



●署名TV
原田信助の受けた暴行被害について、
十分な捜査を実施し,犯人を起訴することを求める署名

[※] 携帯電話専用です。

2011年 気持ちも新たに迎えました

原田です。

皆様から沢山のコメントや励ましのお言葉をいただき感謝しています。

現在9870名の方々から、ご署名をいただくことができたのは、皆様の応援のお陰です。
ツイッターやネットで応援してくださる皆様、いつもありがとうございます。

皆様に今日は年末からお正月にかけての出来事についてお伝えしようと思います。

12月28日に今年お世話になった方々とささやかな忘年会を開きました。
一次会は昼食会で、二次会はコーヒーショップで行いました。
新宿駅での出来事や、息子の早稲田大学時代のお話などをして時を過ごしました。

元旦は息子の録音の音声を通しで聞きました。
息子の気持ちを考えながら、静かに聴きました。
泣きたくなった息子の気持ちが手に取るようにわかりました。

いくら暴行の被害を訴えても、メモでさえ取らない新宿署の3人の刑事の方々に、憤りを通り越して絶望へと追いやられていく息子の涙の声を聴き、
本当につらかったんだなぁと息子の無念が胸に込み上げてきました。

1月3日は、息子が学生時代から年末年始に奉仕に行っていた鎌倉の鶴岡八幡宮に行って参りました。
息子は「神社へ行くと心が洗われるような気がする。」と言って、神社へ行くのを楽しみにしていました。
一昨年の12月10日の午後11時頃に関わってしまった方々のために行けなくなってしまった鎌倉でした。

駅に降り立ちましたら、風情のある駅舎と、小町通りの御土産店の佇まいについ見とれてしまいました。参道から参拝まで、1時間程かかりました。
息子が立ち寄っていたであろう宝物殿も見学してきました。
鎌倉が源氏の拠点だったことを思い出しながら見学しました。
息子と一緒に写真に写っていた方々はいらっしゃらないかと探しましたが、どうやらいらっしゃらないごようすでした。

息子は3日は確か、午後5時までの奉仕だったと記憶していますが、鎌倉は既に日が翳り始めていました。
小町通りの喫茶店で珈琲を飲みながら、通りすがる人々を見ていましたら、仕事を終えて帰路に向かう息子の影を見たような気がしました。
テーブルの上に置かれた一輪挿しの南天の小枝がとても清々しい印象でした。
息子が何故鎌倉が好きだったのか、わかったような気がしました。

鶴岡八幡宮で二年前に息子が売っていたであろうおみくじを手に、鎌倉の町を後にしました。
遠くなっていく鎌倉を目で追いながら、息子の名誉を回復して無念を晴らすその日まで頑張ろうと心に誓いました。


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。


●署名TV
原田信助の受けた暴行被害について、
十分な捜査を実施し,犯人を起訴することを求める署名



●署名TV
原田信助の受けた暴行被害について、
十分な捜査を実施し,犯人を起訴することを求める署名

[※] 携帯電話専用です。

2011年1月1日土曜日

警視庁通信指令センターの証拠保全の先送りについて

原田です。

皆様から沢山のコメントや励ましのお言葉をいただき感謝しています。

現在9870名の方々から、ご署名をいただくことができたのは、皆様の応援のお陰です。
ツイッターやネットで応援してくださる皆様、いつもありがとうございます。

皆様に今日は警視庁通信指令センターにおける12月2日の証拠保全の手続きからの経緯についてお伝えしようと思います。

12月2日に東京地方裁判所の決定の元、証拠保全の検証を行うため、裁判官・書記官・弁護士の先生・カメラマンの方々が東京都警視庁通信指令本部に出向きました。
ところが、警視庁の方では、「人手が足りない」「業務に支障をきたす」等の理由で、証拠保全の検証手続きを12月27日に先送りにしました。

東京地検特捜部岸検察官は、証拠保全の検証も終了していないのに、「嫌疑なし」「証拠なし」ということで12月27日に先送りされた[警視庁通信指令センター]の証拠保全を待たずして『不起訴』を決めました。
その決定の裏には警視庁の証拠保全で「証拠が何も出てこない」という確信が感じられます。
また,12月7日にJR東日本東京支社において証拠保全の検証が行われましたが、今年の2月25日に新宿駅駅長室で見せて頂いた、昨年12月10日のJR新宿駅駅務日誌には
「12 月10日23時5分:8号ホームから迷惑行為で110番通報」と記載されていて、息子と新宿駅西口交番の警察官とのやりとりからも、暴行事件の発生が午後 11時5分前であったことが明らかであるのに、JRが提出した証拠は時間が20分ほどずれた物であり、目撃者の方々のご証言の信憑性を全て否定する内容の ものでした。
6月21日と同28日に、新宿駅駅長室に再度お伺いした時もA助役さんらは「23時5分に駅員さんが15・16番線ホームから110番通報した8号ホームのトラブル」についてお話してくださいました。
「23時5分」という時間が変わったのは、何時からなのでしょうか。

12月22日に警視庁から、「27日は年末年始で業務が立て込んでいる為、警視庁で証拠保全の検証ができるか不明であり、裁判所に別途持参したい。」
「検証を警視庁で実施しようとする場合には、検証不能にしていただいて構わない」というご連絡があったそうです。

裁判所の手続きを、警視庁は如何ようにお思いなのでしょうか。
元々は、先送りの日を27日に指定されたのは警視庁だった筈です。
日本の司法制度は一体どうなっているのでしょうか。

以下、3月24日・7月7日・10月12日に警視庁通信指令センターに対して、私の代理人である弁護士の先生に弁護士法による23条照会をかけて頂いた【警視庁通信指令センターからの回答】となります。

■警視庁通信指令本部長からの回答書
3月24付照会書に対する 4月19日付回答
原田信助さんと認められる男性から、平成21年12月10日午後11時27分に、新宿駅で、けんか・口論となり、駅員に囲まれている旨の110番通報がありました。
その余は、貴意に添いかねます。

7月7日付照会書に対する 8月13日付回答
原田信助さんと認められる男性が、平成21年12月10日午後11時27分に110番通報した際用いた携帯電話の電話番号(090-3234-8196)と同じ電話番号の携帯電話から、
同日午後11時20分に110番通報された事実はありますが、応答した直後に無言のまま切断されています。
その余は、貴意に添いかねます。

10月12日付照会書に対する 10月25日付回答
平成21年12月10日午後11時20分より前に、電話番号090-3234-8196の携帯電話からの110番通報を受理した事実はありません。
したがって、その余の照会事項は前提を欠き、回答できません。

息子がボイスレコーダーに残した音声で「通信指令センターの山岸さんと、暴行を受けている間中、リアルタイムで繋がっていた。」と言っている110番通報については、
3月1日に警視庁通信指令センターにお伺いした時に、「裁判所からの指示があれば開示できます。」とS氏はおっしゃっておいででしたが、
今回の証拠保全は裁判所からの指示に当たらないとおっしゃるのでしょうか。

警視庁の皆様には、検察庁特捜部の岸検察官がお持ちの筈の、息子が午前4時頃に新宿警察署で撮られた写真をご覧になって頂きたいと思います。
集団暴行を受けて傷ついた息子を、翌朝4時頃まで「階段ですれ違いざま、お腹を触ったかもしれない痴漢被疑者」という取調べを続けた新宿署の署員らによって
正気を失ってしまった息子の姿を見て、あなた方のご家族のことを思い浮かべながら是非考えて頂きたいと思います。

息子は大学生になってから、年末年始は鎌倉の鶴岡八幡宮で奉仕の仕事をしていました。
昨年も行く予定でしたが、申し込みをすることができなかったので、12月12日に神社からご連絡がありました。
息子が元気でいたのなら、きっと今年も、白衣を着て素足に下駄を履いて神社の掃除などをしていたことと思います。
息子の思い描いていた夢は何処へいけば良いのでしょうか。


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。


●署名TV
原田信助の受けた暴行被害について、
十分な捜査を実施し,犯人を起訴することを求める署名



●署名TV
原田信助の受けた暴行被害について、
十分な捜査を実施し,犯人を起訴することを求める署名

[※] 携帯電話専用です。

検察庁特捜部岸検察官の不起訴決定について

原田です。

皆様から沢山のコメントや励ましのお言葉をいただき感謝しています。

現在9833名の方々から、ご署名をいただくことができたのは、皆様の応援のお陰です。
ツイッターやネットで応援してくださる皆様、いつもありがとうございます。

皆様に今日は、検察庁特捜部における担当3人目となります岸検察官の「不起訴決定」についてお伝えしようと思います。

■5月25日に告訴の受理のご連絡をくださった濱検察官から、いつの間にか佐藤検察官に交代されていました。
■9月6日に担当2人目の佐藤検察官から、私の代理人である弁護士の先生に呼び出しがありました。

【9月6日の検察庁特捜部佐藤検事から弁護士の先生へのお話】
○特捜部の検事が,告訴の被疑者(男性),最初に被害を訴えた女性,当時その場にいた駅員さんから話を聞いた。
○彼ら(告訴被疑者男性・被害を訴えた女性)からすれば,最初痴漢事件について,被害があったという言い分。
○暴行被疑者は,暴行の被疑事実について「そんなことは有りませんよ。」と否認している。
○厳しく追及してはみたが,このままで,彼らの言い分を覆すような証拠があるかというと難しい。
○痴漢が冤罪であり,金銭目当てなどでいちゃもんをつけて,という可能性も考えて,追及していたが,どうもそういう話はなさそう。
○彼らは,素性のよくない人たちではない。ちゃんとした大学に通っており,身元もきちんとした人間であった。
○彼らの言い分を覆して,暴行があったと立証できるか,というと厳しい。
○疑いがあったとしても,起訴できるかどうかのレベルは異なる,
○暴行していないという被疑者の弁解を覆して起訴するのは証拠的に厳しいか,
○お母様の方が目撃者を捜していると聞いている。もしそのような情報があれば教えてほしい。すぐ調べます。
○それがないとなると,立証手段なし。
○いつまでも中途半端な状態を続けるわけにはいかないので,目撃情報などの証拠が得られないと,不起訴とせざるをえない。
○何かしらあるのであれば,9月中に教えてほしい。

(弁護士の先生)ビデオや110番通報の録音記録などの客観的な証拠が存在するので,これをもとに,立証できないのか。
(佐藤検事)それも調べたが,全体含めて,客観証拠がないというのが原状
(弁護士の先生)当日の晩の着衣の乱れもビデオに映っているのでは。また,警察で写真撮影もしているのではないか。これは,暴行を振るわれた証拠とならないのか。
(佐藤検事)刺された,ということであれば,衣服の痕跡などは証拠になるが,どの状態から,着衣の乱れになったのかというのは,暴行と特定できない。

■10月13日に「無記名の目撃証言」の提出に、検察庁に伺いました。
その時に、佐藤検事宛に手紙を持参しました。
(一部抜粋)ところで,平成22年1月28日新宿警察書生活安全課の菅原課長様からのお電話では,「息子さんを東京都迷惑防止条例の被疑者と認定した根拠は,
学生3名の話,駅員2名の話,防犯カメラの映像です。根拠はこの3点です」と伝えられました。
ところが,別紙のとおり,JRからの回答では,JRの職員は事件を目撃していないという回答が来ました。
また,黄海様と菅原様のご説明によりますと,もともと,事件の現場を防犯カメラを調べてみたけれども,事件に関して,はっきり映っていないとのことでした。
結局,当事者のみの申告だけで,息子を被疑者と認定したのではないでしょうか。
目撃情報と,息子の録音の音声をもとに,現場検証していただき,真実を明らかにしていただくことをお願い申し上げます。

■11月1日から,佐藤検察官から岸検察官に代わられたというご連絡を頂きました。

10月13日に新宿駅でお会いした【集団暴行の現場】を目撃された方が,岸検察官より弁護士の先生の同行を認められず,お一人で11月17日に検察庁に呼び出され、訪庁されました。
目撃者の方は,「清田氏」と面談されましたが,「清田氏」が検察官なのか事務官なのか未だに不明です。

■12月15日に岸検察官から,弁護士の先生に連絡がありました。

「告訴事件について,本日付で不起訴にしました」
「具体的な証拠関係についてはお話しできないが,提供していただいた情報を含めて捜査した結果,このような結論となりました」
不起訴理由は「嫌疑なし」ということでした。
証拠不十分ではなく,嫌疑なしというのは「証拠がない」とのことでした。

12月2日に東京地方裁判所の決定の元、証拠保全の検証を行うため,裁判官・書記官・弁護士の先生・カメラマンの方が東京都警視庁通信指令本部に出向きました。
ところが、警視庁の方では,「人手が足りない」「業務に支障をきたす」等の理由で,証拠保全の検証手続きを12月27日に先送りにしました。
証拠保全の検証も終了していないのに,「証拠がない」という岸検察官のお言葉には,12月27日の[警視庁通信指令センター]において「証拠が何も出てこない」という確信が感じられます。
また,12月7日にJR東日本東京支社において,証拠保全の検証が行われましたが,昨年12月10日のJR新宿駅駅務日誌には「12月10日23時5分:8号ホームから迷惑行為で110番通報」と記載されていて,
息子と新宿駅西口交番の警察官とのやりとりからも,暴行事件の発生が午後11時5分前であったことが明らかであるのに,
JRが提出した証拠は午後11時15分以降の物であり,目撃者の方々のご証言の信憑性を全て否定する内容のものでした。

10月13日に検察庁の文書課の方に渡した手紙の,「目撃情報と,息子の録音の音声をもとに,現場検証していただき,真実を明らかにしていただくことをお願い申し上げます。」という
要望を実施していただくことはできませんでした。


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。


●署名TV
原田信助の受けた暴行被害について、
十分な捜査を実施し,犯人を起訴することを求める署名



●署名TV
原田信助の受けた暴行被害について、
十分な捜査を実施し,犯人を起訴することを求める署名

[※] 携帯電話専用です。

夕刊フジ12月15日号

原田です。

皆様から沢山のコメントや励ましのお言葉をいただき感謝しています。

現在9541名の方々から、ご署名をいただくことができたのは、皆様の応援のお陰です。
ツイッターやネットで応援してくださる皆様、いつもありがとうございます。

今日発売の『夕刊フジ』12月15日号の5面「編集局から」のコーナーに記事が掲載されました。
どうもありがとうございます。




●署名TV
原田信助の受けた暴行被害について、
十分な捜査を実施し,犯人を起訴することを求める署名



●署名TV
原田信助の受けた暴行被害について、
十分な捜査を実施し,犯人を起訴することを求める署名

[※] 携帯電話専用です。

12月11日 原田信助の一周忌の法要を相営みました【ニコニコ動画生放送で第3弾を放送していただきました】

原田です。

皆様から沢山のコメントや励ましのお言葉をいただき感謝しています。

現在9464名の方々から、ご署名をいただくことができたのは、皆様の応援のお陰です。
ツイッターやネットで応援してくださる皆様、いつもありがとうございます。

12月11日に息子である原田信助の一周忌の法要を相営みました。
お忙しい中、沢山の息子の友人の方々がご参列くださいました。
ご支援くださる方々にもご参列いただき、初対面の方々が多い中、当時の息子のお話を中心にご歓談いただき、ありがたい時間を過ごすことができました。
ご参列いただいた皆様に御礼申し上げます。

12月10日24時より、ニコニコ動画生放送にて3度目の放送をしていただきました。
放送中に1000名近い方々からご署名をいただくことができました。
ニコニコ動画のご担当者様に御礼申し上げます。

出演された津田大介氏(@tsuda)、江川紹子氏(@amneris84)、小川健氏(夕刊フジ記者)(夕刊フジ公式サイト:ZAKZAK)は、面識のある方々でしたが、
小川健氏は息子の事件をメディアで一番早く報道してくださった【夕刊フジの記者の方】でしたので、感慨深いものがありました。

ニコニコ動画生放送では3回も放送して頂き、12月6日から9日まで報道していただいた【日刊サイゾーの浮島さとし氏】を始め、日本のメディアも真実を報道できる方々がいらっしゃるということを認識することができました。

■12月10日にはニコニコニュースで記事を掲載していただきました。

■「息子は痴漢の犯人ではない」無実信じる母親の訴え続くhttp://news.nicovideo.jp/watch/nw13679 
この記事はexciteニュース等に掲載していただき、拡散されています。


12月4日に皆様にお伝えしたしましたが、12月2日午後1時:東京地方裁判所の決定の元、証拠保全の検証を行うため、裁判官・書記官・弁護士の先生・カメラマンの方が
東京都警視庁通信指令本部に出向きました。ところが、警視庁の方では、「人手が足りない」「業務に支障をきたす」等の理由で、証拠保全の検証手続きを12月27日に先送りにしました。
証拠保全というものは、相手方に知らせずに、抜き打ちで行われるものだそうなので、裁判官が12月27日の先送りを認めた時点で、もう証拠保全の意味はないのではないかと思われます。

12月7日には、JR東日本東京支社に同じく証拠保全の検証に出向きましたが、どういう訳か、その数日前にJR東日本から「証拠は●●●の●●●で提出します」という連絡が、
裁判官を通して弁護士の先生のところにきていました。
2月25日に、JR新宿駅で助役の方に見せて頂いた、昨年の12月10日の日誌には[(23:05)8号ホーム迷惑行為で110番]と記載されていましたが、
JRが提出した●●●は、その時間のものではありませんでした。裁判官は特に異議を唱えることもなく証拠保全の手続きは終了しました。

黒木昭雄氏がご懸念されていた通りに進行しているのかもしれません。
8 月3日に【[2008年8月]家族と海水浴に行き、痴漢と言われ・・・(愛知県)のご遺族の方とお話をしましたが、余りにも進行状況が似ているために、ま さか、痴漢冤罪事件の警察の対処マニュアルがあるのではないかと思ってしまいました。】と追記しましたが、今は確信に近いものがあります。

皆様に、ボイスレコーダーに残された息子の真実の声をお伝えしていこうと思っています。


【寒い日が続きますので、お風邪をひかないように気をつけてお過ごしくださいませ。】
(メールの返信ができず申し訳ありません。)


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。


●署名TV
原田信助の受けた暴行被害について、
十分な捜査を実施し,犯人を起訴することを求める署名



●署名TV
原田信助の受けた暴行被害について、
十分な捜査を実施し,犯人を起訴することを求める署名

[※] 携帯電話専用です。

2009年12月10日から一年経ちました【ニコニコ動画生放送で本日第3弾を放送していただきます】

原田です。

皆様から沢山のコメントや励ましのお言葉をいただき感謝しています。

息子がJR新宿駅で事件に遭ってから、今日で一年となりました。
一年間、応援してくださった皆様に御礼申し上げます。
現在8435名の方々から、ご署名をいただくことができたのは、皆様の応援のお陰です。
ツイッターやネットで応援してくださる皆様、いつもありがとうございます。

検察庁に目撃証言をご提出頂いた、勇気あるお二人の方に御礼申し上げます。
5月7日の夕刊フジ様を始め、週刊ポスト様、産経新聞様、週刊女性様、フジテレビ様のご担当者様に御礼申し上げます。
12月6日より12月9日まで、日刊サイゾー様が息子の事件を報道してくださいました。
そして、本日ニコニコ動画様が、息子の事件から一周年の放送をしてくださることになりました。

【ニコニコ動画様の告知記事から】
「痴漢と呼ばれ自殺」の第3弾を放送します(http://p.tl/sY9U )
事件が起きたのと同じ12月10日の夜に。
出演は津田大介氏(@tsuda)、
江川紹子氏(@amneris84)、
小川健氏

私も出演させて頂くことになりました。
開始は本日12時となります。
どうぞ、ご覧くださいますようお願い申し上げます。


●署名TV
原田信助の受けた暴行被害について、
十分な捜査を実施し,犯人を起訴することを求める署名



●署名TV
原田信助の受けた暴行被害について、
十分な捜査を実施し,犯人を起訴することを求める署名

[※] 携帯電話専用です。

日刊サイゾー

日刊サイゾー【記事】 痴漢冤罪で命を絶った青年が録音していた「警察の非道」
12月6日から12月9日まで、4日間の連載です。
ありがとうございました。

目撃者を探しています! 12/5 追記

原田です。

皆様から沢山のコメントや励ましのお言葉をいただき感謝しています。

息子が急逝してから、一年が経とうとしています。
一年間、応援してくださった皆様に御礼申し上げます。
現在7818名の方々から、ご署名をいただくことができたのは、皆様の応援のお陰です。
ツイッターやネットで応援してくださる皆様、いつもありがとうございます。

皆様に今日は、3月11日から始めた目撃者探しにご協力くださった方々のことと、12月2日の警視庁通信指令本部における証拠保全の検証手続きのことをお伝えしようと思います。

ある方は、お仕事帰りに、終電近くまで通行人の方に呼びかけの応援をしてくださいました。
ある方は、ツイッターを通して息子の事件をお知りになられ、9月から10月にかけて毎日のように新宿駅に呼びかけの応援に来てくださいました。
暇を見つけて新宿駅に応援にきてくださった学生さんや社会人の方もいらっしゃいました。
ある方は、お仕事の合間に息子の事件のまとめブログを作ってくださいました。
以前から、私のブログは初めて見えた方にはわかりにくいというご指摘はありましたが、私には改善する知識もないのを見かねて、ブログを整理してくださったのです。

この方のブログは、 【 新宿駅痴漢冤罪暴行事件】 http://ow.ly/3abW0 というブログです。
1)事件の報道2)息子の事件当日の行動3)事件の推移4)目撃証言5)ICレコーダーの録音内容6)信助さんについて7)痴漢冤罪について 8)目撃者の陳述書 
というように項目ごとに記載されていますので、とてもわかり易いと好評です。
ぜひご覧頂きますよう、お願い申し上げます。
[※]3)事件の推移には、JR東日本のコメントの変遷が掲載されています。

12月2日午後1時:東京地方裁判所の決定の元、証拠保全の検証を行うため、裁判官・書記官・弁護士の先生・カメラマンの方が東京都警視庁通信指令本部に出向きました。
ところが、警視庁の方では、「人手が足りない」「業務に支障をきたす」等の理由で、証拠保全の検証手続きを12月27日に先送りにしました。
事件の証拠を持つ機関が、証拠の検証を拒否することはない筈ですから、27日にはきっと「人員の確保」をしてくださって、「業務に支障をきたさない」状態において、
証拠保全の検証にご協力頂けるものと信じております。

12月11日に息子の一周忌の法要を相営むこととなりました。
一周忌の前には、息子にせめて、「暴行を振るった犯人が起訴された」という報告をしてあげたいという願いは叶いませんでした。
つらく、悔しく、情けない思いを抱いて逝ったであろう息子の名誉を回復し、無念を晴らすその日まで頑張ると、微笑んでいる写真の息子に誓いました。


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。


●署名TV
原田信助の受けた暴行被害について、
十分な捜査を実施し,犯人を起訴することを求める署名



●署名TV
原田信助の受けた暴行被害について、
十分な捜査を実施し,犯人を起訴することを求める署名

[※] 携帯電話専用です。

目撃者を探しています! 11/5 追記

原田です。

皆様から沢山のコメントや励ましのお言葉をいただき感謝しています。

現在7461名の方々から、ご署名をいただくことができたのは、皆様の応援のお陰です。
ツイッターやネットで応援してくださる皆様、いつもありがとうございます。

皆様に今日は、8月からご支援くださっていたジャーナリスト黒木昭雄氏のことをお伝えしようと思います。

黒木氏と初めてお話をしたのは、7月も終わろうという真夏の夜のことでした。
新宿駅で、一人の青年から「黒木昭雄氏にご相談ください」と言われ、帰宅後、黒木氏のブログから電話番号を見つけて、何度かお電話をしました。
このころ、黒木氏は和歌山県に滞在中で、とてもお忙しい時期でしたが、数日後にご連絡くださいました。
「今は暇がないので、落ち着いたらお話しましょう。」とおっしゃってくださいました。
お電話で何度かお話をしている内に、黒木氏が[日本の警察は改革しなければいけない]という考えをお持ちでいらっしゃるということが解り、
「黒木先生、本当にそれが実現できたら良いですね。」
「やりますよ。ただ、すぐにはできない。構想から練らなければならない。」とおっしゃいました。
その数日後に以下をブログに追記しました。

◆皆様に8月25日の追記でお知らせしましたが、

ジャーナリストの黒木昭雄氏と「警察改革を推進する全国ネット」構想について8月24日にお話をいたしました。
黒木昭雄氏の推奨する「警察改革を推進する全国ネット」構想とは
●理不尽な取調べ
●明らかなる冤罪
●警察の嘘
等がテーマとなります。ご自身やご家族のために「警察改革を推進する全国ネット」の構想に是非ご参加くださいますようお願い申し上げます。

数日前に、黒木氏が、新しいブログ(黒木昭雄:調査取材事務所)を起ちあげた際に、息子の事件の目撃情報を求めるリンクを貼ってくださいました。
ありがとうございました。
全国に1万人以上の息子と同じ冤罪被害者がいるというご連絡をいただきました。
この現状は、もう皆様にも人事ではなくなってしまっているということと思います。

黒木氏は、この「警察改革を推進する全国ネット」を一年後に起ち上げることを計画されていました。
ツイッターの黒木氏の支援者からは、「警察改革推進党」を創ってほしいという声も聞かれ、黒木氏が党首となられたら、私は一番先に入党させてくださいとお願いをしていました。
黒木氏は「まず、核を作ることから始めなければならない。」とおっしゃっておいででした。
「人は不思議と、核ができると自然に集まってくるもの」というのが、黒木氏のお考えだったのです。

黒木氏と初めてお会いできたのは、9月29日でした。
息子の事件の経緯を、真剣な表情で聞いてくださいました。
「お母さん、信助さんの無念を晴らしてあげましょうよ。」とおっしゃってくださった時、黒木氏は何かを変える力をお持ちの方だと確信したのです。

その後、新宿駅での目撃者探しは続きましたが、ある方がツイッターで息子の事件を知り、9月からポスターを掲げる等のご支援を始めてくださいました。
それまでは、通常一人で呼びかけをしていましたが、二人になった途端、立ち止まってくださる方や
「チラシください」とお声をかけてくださる方が急に増えだしたのです。

10月13日に、目撃者の方と出逢うことができたのは、この方のお蔭でした。

ところが、新たな目撃者の方の証言を、私の代理人である弁護士の先生が10月18日に検察庁特捜部佐藤検事に提出された翌日のことでした。
その日、いつも通り、ご支援くださる方がポスターを掲げて立たれていたところへ、JRの職員の方が来て、「こんなところに立っていないで、改札の外へ行ってください」とおっしゃいました。

翌20日は、その方に「ご迷惑をおかけしてはいけないので、今日は私一人で呼びかけをいたします」と言って、一人で立っていたところ、
JRの職員の方が近付き、突然1メートル程の距離から私に向かってフラッシュをたきました。
間違いなく顔に向けて撮っていましたので、「私には肖像権がありますので、その写真はお返しください」と言いました。
その職員の方は、「私はあなたを撮ったのではない。工事中の現場の写真を撮っただけです」とおっしゃって、逃げるように駅長室に入って行かれました。
翌日、黒木氏に起こったことをお話したところ、「JRは、あなたを威力業務妨害で訴える準備をしている。新宿駅構内の目撃者探しは、もうやめた方が良いでしょう。」と諭してくださいました。
それでも私は、息子の代わりに目撃者を探さなければいけないという一念で、やめることはしませんでした。

10月26日に再び、JR新宿駅のU助役に写真を撮られた時は、久しぶりにお立ち寄りくださった方まで、2回もフラッシュを浴びてしまいました。
20日と同じように、写真を返していただく様お話をしましたが、やはり、「あなた達を撮ったのではない。構内の写真を撮っただけです」というお答えが返ってきました。

翌日、黒木氏にお電話で、そのことをお伝えしたところ、ひどくご立腹なされました。
「あなたは、向こうが、威力業務妨害で逮捕する用意をしているのが、まだ解からないのですか。あなたが逮捕されたら、一体、誰が信助さんの無念を晴らすんですか!」
黒木氏に言われて、私は目が覚めたのです。

黒木氏と最後にお話をしたのは11月1日の午後4時頃でした。
「明日メールをお送りいたします」「わかりました」が、最後の会話となってしまいました。

国家権力に対しても、「悪いことは悪い」とはっきり言える《たった一人のジャーナリスト黒木昭雄氏》は、生涯をかけて追求された警察の改革と、
何年も追い続けた【岩手県17歳少女殺害事件】の解決を見ることなく、2010年11月1日に永眠されました。
ここに黒木昭雄氏のご冥福をお祈り申し上げます。


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。


本日発売の夕刊フジ11月6日号の5面に掲載されました。
”被害者”仲間から激しい暴行
目撃者現れ新展開



●署名TV
原田信助の受けた暴行被害について、
十分な捜査を実施し,犯人を起訴することを求める署名



●署名TV
原田信助の受けた暴行被害について、
十分な捜査を実施し,犯人を起訴することを求める署名

[※] 携帯電話専用です。


[※]皆様に次回は、JR東日本のコメントの変遷についてお伝えしようと思います。

目撃者を探しています! 10/24追記

原田です。

皆様から沢山のコメントや励ましのお言葉をいただき感謝しています。

現在7305名の方々から、ご署名をいただくことができたのは、皆様の応援のお陰です。
先週も、沢山の方々に新宿駅で「頑張ってね。」とお声をかけていただきました。
二ヶ月前から、呼びかけの応援に来てくださる方が現れたので、
13日に新たに目撃者の方に証言をいただくことができました。
ツイッターやネットで応援してくださる皆様、いつもありがとうございます。

皆様に今日は、3月11日から始めた目撃者探しに応えてくださった
目撃者の方の証言をお伝えしようと思います。

① 平成22年4月7日(水)新宿駅15・16番線の階段下にて:(40前後くらいの会社員男性)
ポスターをみて,「あ,あれじゃないかな」と反応し,「目撃されましたか」
と尋ねたところ,私の呼びかけに直接答えてくださいました。
「階段から降りかかったところ,階段下の右側でけんかをしていると思ったので,左側からよけて通りました。」
「その日は出張から帰ったところで,車内でけんかがあったので,またけんかかと思い関わらないようによけて通った。」とのことでした。

② 平成22年4月8日(木)新宿駅15・16番線の階段下にて:((40代後半の女性)
この方は,下から通られた方でした。「仕事の帰りに通りかかると,階段下で,けんかをしていた。けんかをしていると思い,右側からよけて通りました。遠巻きに見ている人がいました。若い女性が,複数名立っていたと記憶しています。」とのことでした。

③ 平成22年4月15日(木)新宿駅15・16番線の階段下にて:(木曜日だけ通る30代前半の女性)
「午 後11時20分から30分の間に,現場を通ったところ,階段の下の方に,かなり大きな血痕があるのを目撃しました。」「西口改札から通って15番線16番 線の階段ををいつも通っているが,改札から通路に至るまで,原田信助さんの騒ぎと思われるものは,何も見ていません。見たのは階段にあった血痕だけで す。」[血痕は4~5段目よりも,もっと上だったと記憶しています。」とのことでした。

④ 平成22年4月24日(土)
以下のメールを頂きました。
「http://harada1210.exblog.jp/を拝見しました。
私はホームを利用した一般客ですので,ハッキリと一部始終をみていたわけではありませんが
,この一件だと思われることは目撃しました。

誤解を招かないように私が「確実にみた」部分だけ書かせていただきます。

・数人の若者が階段で私の上を上って行った
・付近には私が下から見上げる形ですが、その若者の集団以外見えませんでした
・その誰かと誰かから喧嘩のような声が聞こえた
・男性A(茶髪)が1人の男性Bを羽交い絞めのような形で捕まえる
・腹や顔を殴られて男性B転倒
・暴行が続く

女性は所謂ギャル系の服装で2名いました。
容姿からしてキャバクラ嬢に見えました。身長は小柄だったと思います。
(ただ同じグループに見えただけで,ただ近くを歩いていてもめごとが始まったから同じく立ち止っただけかもしれません)

箇条書き以外の部分はあやふやなので,誤解されないでください。

私も急いでいましたので数秒立ちどまりましたが,すぐに移動しました。
お力になれないかもしれませんが,見たことはお伝えしたかったので報告させていただきます。」

⑤ 平成22年8月5日(木)新宿駅15・16番線の階段下にて:(30代から40代の会社員風の男性)
その事件かどうか分かりませんが,という断りをした上で,「11時過ぎに,一人の男性を,複数の警察官が,
交番に連れて行くのを見ました。男性はかなり興奮していた様子で,服装も乱れていたので,けんかの当事者と思いました。」とお知らせくださいました。

⑥ 平成22年9月16日(木)新宿駅15・16番線の階段下にて:(30代くらいの男性)
「11時40分から12時頃現場を通るが,12月頃,通行中,階段で血痕を見た,と記憶している。騒ぎの当事者と思われる人は見ていない。」とのことでした。

⑦ 平成22年10月13日(水)新宿駅15・16番線の階段下にて:(検察庁に10月18日:目撃された方の許可を得て提出)
「チラシを受け取って,帰宅後,当時の日記・スケジュールを確認したところ,このホームの左下の辺りで,3人くらいだったと思いますが,男の方に暴行を受けている方を拝見しました。」
「この方は,頭をかかえるような形で蹲っていたところを思い切り蹴られていたように見えたので,『ちょっとひどいな』と思い,改札口の駅員さんのところへ『けんかが起きているので』とお知らせに行きました。その後,11時16分の総武線に乗った記憶があります。」

【検察庁特捜部佐藤検事様へ】

ま た,平成22年8月16日(月),午後10時30分には,次のような出来事がありました。茶髪で小柄で細身の20代前半と思われる若い男性が,15番 線,16番線のホームから階段を降りてきて,私の方に近づいてきました。そして,私の話を聞いているのか聞いていないのか,分からない様子で壁際にもたれ かかり,話が終わると,真面目な顔で,決意したように「これから警察に行きます」と言いました。私は,この男性が,当事現場にいた大学生の一人ではないか と,直感しました。実際にその後,警察に行ったのかどうか分かりませんが,良心の呵責に耐えかねて,現場に来られたのではないかと感じました。

と ころで,平成22年1月28日新宿警察書生活安全課の菅原課長様からのお電話では,「息子さんを東京都迷惑防止条例の被疑者と認定した根拠は,学生3名の 話,駅員2名の話,防犯カメラの映像です。根拠はこの3点です」と伝えられました。ところが,別紙のとおり,JRからの回答では,JRの職員は事件を目撃 していないという回答が来ました。
また,黄海様と菅原様のご説明によりますと,もともと,事件の現場防犯カメラを調べてみたけれども,事件に関し て,はっきり映っていないとのことでした。結局,当事者のみの申告だけで,息子を被疑者と認定したのではないでしょうか。目撃情報と,息子の録音の音声を もとに,現場検証していただき,真実を明らかにしていただくことをお願い申し上げます。

以上が現在、皆様にお伝えできる目撃情報です。詳細につきましては、後日別の形でお伝えできると思います。
4月24日に情報をお寄せくださった方に、更に詳細をお聞かせ頂ければ、10月13日の目撃された方と整合性が取れてくるかと思われますので、再度、ご連絡を続けていこうと思います。


「継続は力なり」 小学校時代の息子の好きな言葉でした。
息子は、いつも、目撃者を探す私の傍にいて、助けてくれているのだと思います。


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。


●署名TV
原田信助の受けた暴行被害について、
十分な捜査を実施し,犯人を起訴することを求める署名



●署名TV
原田信助の受けた暴行被害について、
十分な捜査を実施し,犯人を起訴することを求める署名

[※] 携帯電話専用です。


[※]皆様に次回は、JR東日本のコメントの変遷についてお伝えしようと思います。

目撃者を探しています! 10/10 追記

原田です。

皆様から沢山のコメントや励ましのお言葉をいただき感謝しています。

現在7216名の方々から、ご署名をいただくことができたのは、皆様の応援のお陰です。
先週も、沢山の方々に新宿駅でお話を聞いていただくことができました。
お話を聞かれた方は皆、「この階段でお腹を触る痴漢など聞いたことがない。」とおっしゃいます。
人と人がぶつからないで通行するのが難しい階段で、すれ違いざまに「お腹を触られたかもしれない痴漢行為」という申告を、
まともに取り合った新宿警察署の警察官の方々の思考能力について考えさせられる状況です。
検察庁特捜部ご担当S検事様も是非、現場をご覧になることをお勧めいたします。

【警視庁新宿警察署長氏】からの、8月11日付け[公開質問状]に対する、9月10日付け[質問状に対する回答について]では、

[9]メディアで公表された警視庁(新宿警察署)の痴漢および暴行事件の発生現場に関するコメントに一貫性がない(【※】参照)のは、いかなる理由からでしょうか。
【※】メディアに対する警察コメントの変遷ぶり
①息子と大学生がすれ違うところは、防犯カメラに写っていない
<2010年5月20日「産経新聞」(朝刊/26面)より>

②息子と大学生がすれ違うところが、防犯カメラに写っていた
息子が別の女性のお腹を触っているようにみえる画像がある
<2010年6月14日放送「スーパーニュース」(フジテレビ)より>

③息子と被害者と思われる女性と、もみあう様子が階段の下で確認された
<2010年6月22日放送「スッキリ!!」(日本テレビ)より>
【回答】
3 質問事項[9]について
当署では、メディアへの対応は同一の内容で行っておりますので、メディアの報道内容が異なる理由については、分かりかねます。
というご回答でした。

メディアが勝手に「創作をした」のであれば、痴漢事件の発生現場が【階段】か【通路】のどちらかでコメントされていると思われますので、
当告訴の被疑者(男性)及び、最初に被害を訴えたという女性に対して、
【検察庁特捜部ご担当S検事様】におかれましては、ぜひ、痴漢事件の発生現場の更なる確認をお願いしたいと思います。
そして、現場が【通路】となっていた場合は、痴漢事件の発生現場を【階段】として、翌朝4時頃まで[取調べ]を続けた警視庁新宿署の3名の刑事に対し、厳重な事情聴取を望みたいと思います。

【検察庁特捜部ご担当S検事様】
弁 護士の先生より、ご伝言承りました。目撃者の方々には「お名前を検察庁にお伝えしてよろしいかどうか」を、現場である新宿駅及び、ネット上で呼びかけをし ております。同意を頂けない場合は、無記名でお渡しすることになりますが、[信憑性の問題]がおありと存じますので、証言及び息子のレコーダーの音声を元 に、当方立会いの上、[現場検証]をしていただきたいと思います。

現在、【検察庁と警察の不祥事】が取り沙汰されている中、
■彼ら(告訴被疑者男性・被害を訴えた女性)からすれば,最初痴漢事件について、被害があったという言い分。
■暴行被疑者は,暴行の被疑事実について「そんなことは有りませんよ。」と否認している。
■痴漢が冤罪であり,金銭目当てなどでいちゃもんをつけて、という可能性も考えて、追及していたが、どうもそういう話はなさそう。
等と、被疑者と自称被害者のの言い分だけで、[密室の捜査疑惑]を残されないよう、切に望みます。

息子を被疑者と認定する根拠となった新宿駅の防犯カメラのビデオを調べられ、「客観証拠にならない」というご意見も伺いましたが、
1月28日に警視庁新宿警察署が、息子を被疑者とした根拠は、【学生3名と駅員2名の話・よく写っていない防犯カメラの映像】と、回答しています。
また、JRは8月23日付け回答書で【弊社社員は痴漢行為の事実を確認しておりません】と回答しています。
息子を被疑者と認定した根拠は、【学生3名の話のみ】となる訳ですので、合わせてよくお考え頂きますよう、お願い申し上げます。
暴行の証拠に付きましては、目撃情報以外に2件ございますので、合わせて提出いたします。
提出方法に付きましては、後ほどご連絡させて頂きますので、どうぞ、宜しくお願い申し上げます。

最近、ツイッターのメールで、北海道から沖縄の方とまで、よくお話をしています。
気候の違いやお天気情報まで教えていただくことができるので、とても便利な通信方法と思います。


【急に寒くなってきましたので、皆様もお身体に気をつけてお過ごしくださいませ】
【ネットやツイッターでご支援くださる皆様、いつもありがとうございます】


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。


●署名TV
原田信助の受けた暴行被害について、
十分な捜査を実施し,犯人を起訴することを求める署名



●署名TV
原田信助の受けた暴行被害について、
十分な捜査を実施し,犯人を起訴することを求める署名

[※] 携帯電話専用です。


(目撃された方からのご連絡をお待ちしています)
[携帯電話番号] 090-3234-8196
[メールアドレス] harada-n@excite.co.jp
[ツイッター]    harada1210

目撃者を探しています! 9/27 追記

原田です。

皆様から沢山のコメントや励ましのお言葉をいただき感謝しています。

先週は、沢山の方々に新宿駅でお話を聞いていただくことができました。
現在7136名の方々から、ご署名をいただくことができたのは、皆様の応援のお陰です。
ご支援してくださる皆様、本当にありがとうございます。

皆様に今日も1月11日に私が新宿警察署にお伺いした時のことをお伝えしようと思います。

■ボイスレコーダー
二杯目のお茶をすすめられたとき、それまであまり口を開かなかった菅原生活安全課課長が、「お母さん」と話しかけてきました。
「ボイスメモ、なんか、お持ちだったんですか、息子さん」
「あの、ボイスレコーダーが……実は、最初はなかったんですが、あとから牛込警察署の落し物係のほうに駅員さんが届けられて」
「そのボイスレコーダー、まだお持ちですか?」
「もちろん持っています。息子の遺品なので」
「あの、暴行、相互暴行の事実も捜査しているので、そういったことでもし役立つような内容があればですね、活用させていただければと思いまして」
私はとうとう本題が出てきたと思いました。
「もし、そのテープ、うちのほうでデータ―を取らせていただくことはできないですか?」
「データで取らせていただいて……」
「ええ」
「息子が言っていたとおり、たとえば階段にビデオカメラがないのであれば、立証することは無理なんじゃないですか。
階段を上っていたら、突然、腕を掴まれ、階段の下に叩き落とされ、頭を床に打ちつけられたということを、西口交番のHさんという警察官に、息子は訴えております。
が、それを立証できないんであれば、ボイスレコーダーをお貸ししても意味もないんではないですか? 
それとも、息子が打ちつけられているのは、どうもこのノートから見るかぎりでは、一番下のようなので、違う角度から探していただけないでしょうか」
「それは、いま、あの捜査してやっていますので」
「あの、お願いします。そうしないと、息子も浮かばれないと思いますので」
「録音をちょっと参考にということはしていただけない、提出していただけないということでよろしいんですか」
「いえ、あの息子が受けた暴行を立証する可能性があるのならば」
「僕が、私、なに入っているかわからないんで」
「そうですね」
「ええ、どういう話なのかっていうの、まったく知らないものですから」
「ご存知ない?」
「ええ、うちはぜんぜん聞いてないんで」
「あ、どういう事件だったかということはご存知……」
「いや、あのそのテープ、ボイスレコーダーの内容っていうのは、どういうのが入っているか知らないものですから」
「そうですか。でも、牛込警察署のほうではご存知かと思いますが」
「でも……」

しばらく、菅原課長と私の問答をみていた黄海副署長が、間に入ってきました。
「牛込署でも聞いていないんです。個人のプライバシーなんで」
その後も、ボイスレコーダーの提出を求められましたが、私はボイスレコーダーそのものの提出は拒否しました。
息子のボイスレコーダーは旧型のもので、ロック機能がついていません。
他意はなくても、うっかり消去してしまう可能性が大きく、実際、私も操作する際は、消さないようにボタンの位置に気を使っていました。
そして、なによりこのボイスレコーダーは息子の遺品です。形見のひとつです。無防備に「はい、そうですか」とお渡しする心境にはなれなかったのです。
ひととおりの質問を終え、次に場所を移し、新宿駅の現場を案内してもらうことになりました。私はその前に、息子が事情聴取を受けていた部屋を見せてほしい、と、お願いしました。
部屋の印象は、ガランとした空間の中に、机をはさんでパイプ椅子が向き合い、窓には鉄格子が掛けられていて、まるで牢獄のように見えました。
この部屋で、息子が社会的影響を気にしていた発言をしています。パイプ椅子を並べ、横たわる直前の会話です。

原田 任意同行なので、明日私が出勤することは可能なんですか?
刑事 ん? いまの段階ではまだ話がまとまってないからですね。
刑事 あのー、会社のほうは行かれて結構なんですけれど、ただほら、被害届を出すっていうことになれば……。
原田 そのあとでいいですか?
刑事 そのあと?
原田 ええ。
刑事 そしたらですね、わかりました。いま、あのうちのほうで扱っている制服の警官がいますからね、そちらのほうが扱いますのでね、そちらのほうに話してもらって。
原田 はい。
刑事 後日、まあ出頭してくださいってことで、そのときに被害届を作りますっていうなら、それでもかまわないと思います。
原田 それで、なんらかの不利は? 私のほうに被るっていう可能性は?
刑事 不利っていうのは、ないでしょうね。
原田 じゃあ、私がいまここで休養を取って、出勤して、そのあと被害届のほうの作成に移行することで、なんら社会生活に支障をきたさないという認識ですか?
刑事 それはー、申し訳ないんだけれども、それを扱う警察官のほうのやっぱり手続きの関係とか。
原田 ええ、ええ。
刑事 そちらのほうでちょっと、お話を聞いてもらうっていうかたちになります。
原田 それでこう、なんだろう。まぁ、話は悪いですけど、ニュースとかで見る、ゴシップとかで見るような、ドラマみたいな、職場に知らされたりみたいな……。
刑事 ないですね。
原田 あの、実家のそばに……。
刑事 我々のほうはしない。そんなことは(笑)、ハハハハハ。
原田 じゃあ、
刑事 (笑いが止まらない)ンフフフフフ……。
原田 あの、なんの気兼ねなく、出勤して臨めばいい、と?
刑事 あぁ、だと思いますよ、はい。我々のほうで会社に連絡を取ったりだとか、そういうことはしない。 
原田 (さえぎって)なんで、ここで、身柄を拘束されるのか?
刑事 私がさきほどお話したとおり(笑)、最初、あなたのほうが、痴漢したんですっていうことで、訴えてきたんで、やはりあなたのほうの話も聴かなきゃいけないからということなんです。
原田 ええ、ええ。
刑事 そのとおりでございます。
原田 (力なく)かしこまりました。

息子にとってみれば、日常が変わってしまうのではないかという畏れがありました。 しかし、その懸念を表したとき、相手の刑事は大笑いしたのです。

■決意
部屋を出て、黄海副署長と菅原生活安全課課長とともに、2階のロビーまで戻りました。事情聴取から解放された息子も、同じように2階のロビーにやって来ま した。同行した刑事は〈ここで、横になってください〉と長椅子を示しました。そして、〈もし、ご自分で目が覚めて、いかれるんでしたら大丈夫ですから〉と 言いました。息子は刑事の名を確認しました。生活安全課のYという名前でした。

原田 ちょっと、あの杞憂かも知れないんですけれど、社会生活に支障をきたすような、まあ、ドキュメンタリーみたいなものは、世の中いろいろあっているような気がするんですけれど、
冤罪みたいなもので、苦しめられ続けるみたいな、そういう支障はありうる可能性は?
刑事 いや、だって、被害届出すわけでしょ?
原田 出しますね。
刑事 えぇ(笑)、被害届出すんであれば、別にねぇ、あとは要は双方が話がつかなければ、当然、裁判というかたちに。
原田 ええ。
刑事 ええ。
原田 こっちからあっちに起こしていくということで、わかりました。
刑事 とりあえずは、(後日出頭の)日程のほうを調整させていただいて。
原田 先方の方も被害届を出すってことですか?
刑事 まあ、そうです。そうですね。
原田 じゃあ、私も出して。わかりました。
刑事 そのときには、扱った者、担当の者に聞いていただければと思います。
原田 そうですね。なにか新宿駅構内の写真とかないんですか?
刑事 それはいま、分析している最中です。
原田 分析ですか。わかりました。ほかには目撃者とかは?
刑事 そうですね。当然そうなりますね。
原田 私の周りにいた人とか?
刑事 出てくればいいんですけどねー。新宿駅、一日何十万人も来るわけですからねぇ。
原田 ビデオカメラは?
刑事 一番いいのは、やはりビデオカメラがそうですよ。そういう意味では駅員さんにも話を伺うべきですよ。
原田 現場にはいなかったのに?
刑事 フフッ(笑)、当然駅員さんにも話を伺います。

目撃者とビデオカメラ。息子は身の潔白を証明するために、最後まで正常な捜査をお願いしていました。

原田 あの、本当に私だけでなくて、生活安全課にその3人が呼ばれたんですか?
刑事 ええ、まだいますよ。手続き中ですよ。
原田 こっちに来て、ずっと私に対した質問のような形をとっていた?
刑事 ええ、そのとおりです。
原田 間違いなく?
刑事 間違いなく。アルコール検知もしておりますし。
原田 私は本当、駅員の方に、本当に一方的に……。
刑事 それはやっぱりね、駅員さん呼び出して捜査しないといけないですね。
原田 傷を負いました。恐怖をおぼえました。本当に。

その後、再出頭の段取りの話になりました。息子は〈弁護士の方に依頼する場合には、そのタイミングに合わせるって可能ですか?〉とたずねていました。

刑事 現時点の段階では、まだ刑事事件になってないわけですから。これからですから。
原田 同時出願という形になるんですか? 被害届は?
刑事 時間は違ってもお互いに、ということです。
原田 お互いに? それだと先ほどの話だと、私があって、みたいな、原因とそのあとみたいな感じになる?
刑事 そうでしょうねぇ。
原田 そうでしょうね!?
刑事 それは、双方の話がどういうふうになるか。
原田 それは……そうでしょうね。

Y刑事はふたたび〈目が覚めたら、帰っていただいて結構ですから〉と言い残し、エレベーターに乗って去っていきました。「上へ参ります」というエレベーターの音声案内が響きました。
ドアの開閉する音、足音、風の音、さまざま音が行き混じるロビーで、息子は疲弊しきった身体を長椅子に横たえました――。

長椅子を目にしていた私は、ふっと時間を遡り、その光景を見ているような気持ちがしました。どんなにつらかったことだろう、悔しかっただろう、お腹も空いていただろう。
眠っている息子を抱きかかえ、家に連れて帰ってあげたかった。無念が胸にこみあげました。 

「……ええ、だからちょっと、見てる人も、ちょっといないもんですからねぇ」
菅原課長の言葉に、我に返りました。当時、新宿警察署の1階の出入りは自由で、ドアが開閉するたびに冷たい風が吹き込んできていました。
吹き抜けの手すりの真ん前に置かれた長椅子で、熟睡できようはずもありません。
ボイスレコーダーには息子の咳の音、そして泣き声も残されていました。
午前5時40分の少し前、高い靴音が響き、息子は起き上がりました。
その後、トイレで顔を洗ったのでしょうか。水流音が何度も繰り返され、ポツリ、ポツリと落ちる水滴に重ねるように、
「よし、いこう」
小さくつぶやきしました。
そして、フーというため息が聴こえたかと思うと、息子は。嗚咽しはじめました。
す ると、ガシャンという音ともに倒れ込んだ様子で、同じトイレ内にいた人がなにか言葉をかけてきました。息子は〈大丈夫です〉と答えました。〈なにか保護か なんかされたの?〉と相手はたずねてきます。〈大丈夫です〉と繰り返して息子はトイレを出て、その足で新宿警察署をあとにしました。長椅子のうえで、目覚 めてから5分ぐらいの間の出来事です。
警察署の前の大きな道路を走りぬける、車の音が飛び込んでくるように録音されています。

息子は少し歩き、タクシーに乗り込みました。息子の声はこう告げました。
〈新宿駅へ〉――。

■新宿駅
新宿警察署を出て、菅原課長の案内で、新宿駅に着きました。

新宿駅に着いたとき、 息子はどんな気持ちだったたのだろう、どんなにつらかったことだろう、悔しかったことだろう。
時間を遡ることができるなら、死に向かう息子を引き止めたかった。息子の無念が胸にこみあげました。
「息子さんは、大学生とこの通路ですれ違ったんです」
菅原課長の思いがけない言葉に、我に返りました。
息子の残したボイスレコーダーには、何度も、取調べに当たった3人の刑事から、
「女性の方が階段で、あなたに、お腹を触られたと被害を訴えている」
「女性は階段で、真正面から来たので、あなたの顔を見ている」 などと言われて、明け方まで取り調べを受けていた様子が残されていました。
その時、新宿警察署にたいして、信頼してはいけないという不信感が、確信に変わったのです。


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。


●署名TV
原田信助の受けた暴行被害について、
十分な捜査を実施し,犯人を起訴することを求める署名



●署名TV
原田信助の受けた暴行被害について、
十分な捜査を実施し,犯人を起訴することを求める署名

[※] 携帯電話専用です。

目撃者を探しています! 9/20 追記

原田です。

皆様から沢山のコメントや励ましのお言葉をいただき感謝しています。

先週は、沢山の方々が新宿駅に励ましに来てくださいました。
現在7057名の方々から、ご署名をいただくことができたのは、皆様の応援のお陰です。
ご支援してくださる皆様、本当にありがとうございます。

皆様に今日は1月11日に私が新宿警察署にお伺いした時のことをお伝えしようと思います。

■1月11日
午前10時に新宿警察署へ伺うと約束した日、私は山の手線で新宿駅へ向かいました。
手には鞄と白い花束。鞄のなかには警察に答えていただくための質問状2通が入っていました。
白い花束は、息子に捧げるためのものです。
新宿駅では息子が暴行を受けたと思われる現場に赴き、手を合わせました。そして、西口の改札を抜けると、すぐ目の前にはタクシー乗り場。その右手横に交番が見えました。
息子が連れてこられ、3人の警察官に取り囲まれた、西口交番です。なかには数名の警察官がいました。私は無言で交番内に入っていきました。
私はそのまま床に白い花束を置き、数分間、亡き息子に黙祷を捧げました。その間、誰ひとりとして話しかけてくる警察官はいませんでした。
そして、ふたたび花束と鞄を手に取ると、交番を出て、タクシーに乗って新宿警察署を目指しました。
当時の新宿警察署は、吹き抜けのある1階に受付はなく、誰でも好きなように入れるようになっていました。階段で2階まで上がり、受付で黄海副署長と面会の約束がある旨を伝えました。
しばらく待つことになり、辺りを見渡すと、吹き抜け側の2階の手すりの前に2脚並んだ長椅子が、目に飛び込みました。
「あぁ、あそこで息子が」
1階が出入り自由な状態でしたから、風が吹き込んでくる。私には野ざらし同様に見えました。
息子は午前4時まで続いた事情聴取から解放され、この長椅子で仮眠をわずかに取っていたのです。
「こんなところじゃ、疲れた身体が休まるはずはない……」
いまさらながら、不憫で仕方がありませんでした。私はその長椅子に腰かけ、息子の無念を噛みしめていました。
そこへ、ふたりの男性が現れました。新宿警察署の黄海副署長と、菅原生活安全課課長です。彼らは一度顔を見合わせてから、私に話しかけてきました。
同じ2階の応接室に案内され、黄海副署長は、笑みを浮かべておっしゃいました。
「今日はもう我々はですね、腹を裂いてですね、本当の事実のありのままを、お話しようと思っているんですよ」
しかし、その前に私がボイスレコーダーでの録音をお願いしたときは、ふたりとも血相を変えて、「やめてもいいですけど」、「普通、録音しないんですよ」、
「出されて、やられたらお話できない」と口ぐちに拒否されました.

私が、「それでは、お話を」と切り出すと、「まあ、お茶でも一杯いかがですか、せっかく新宿署に来ていただいたんで。まあ、あとでいろいろ見ていただきたいなぁと思っていますんで」と、
黄海副署長、菅原生活安全課課長ともに熱心にお茶をすすめました。
「私に連絡をいただいたのは、ネクタイのことなんですか?」と質問をすると、「ネクタイのこともありますけれど、時間も経過しましたし、そろそろ説明を申し上げたいなぁと思いましてご足労を」とおっしゃいました。
まず、私は最初に、12月13日に黄海副署長からの電話で告げられた言葉を確認しました。私が少しずつ読み上げて、確認をお願いしました。
「おおぜいの人が行き交う新宿駅で息子さんを痴漢と断定するのは無理と痴漢容疑は晴れたが、その後、お互いの暴行容疑で取り調べが続いた」
と読み上げたとき、「取り調べ、じゃなくて事情聴取ですね」と副署長から訂正が入りました。「取り調べじゃなくて、事情聴取?」と私がたずねると、
「取り調べというと、犯人じゃないですか。ねえ。そうじゃないんで。事情を聴くという意味です」と言われました。
また、早朝に帰ってもいい、と言ったという説明については、「ずーっと長く署のほうのなかに帰ってはいけませんよ、という状態を作るわけにはいかないから」とのことでした。
そして、黄海副署長はこう言いました。
「痴漢の疑いというのは、たしかにかけられたんです。やっていないということもわからないんです。特定するにいたらなかった。そういうことです」
痴漢をしたか、痴漢をしていないか、両方のケースがあると言われ、私は「これだけは言わせてください、息子のために」と申し上げました。
「息子が、痴漢をしたり、自殺をしたりするようなことは、絶対にない、と、知り合いの者、親戚の者、大学の先生、息子の友人、みんな申しております」
黄海副署長は、「それはご本人にしかわからない」と言いました。私は、その言葉に、とても腹が立ちましたが、「そうですね、いまとなってはそうでございますね」と答えました。   
すると副署長は
「我々もそう思って冷静に判断したんですよ。息子さんのために判断したんですよ。結果的には。だって疑いかけられて、痴漢を特定にいたる材料がなかった、特定にいたらなかったということを我々は認定したんですよ」
息子がこの世にもういない状況において、「息子さんのために判断した」と言い切れる神経に私は耳を疑いました。
「たとえば、ひとりの悪意のある女性がいて、なにかの腹いせにということは?」とたずねると、
「たとえばというのはやめましょう。実際にあった話ですから。すれ違ったときにお腹を触られたんではないか、ということで、直後にいたのが息子さんですから。すれ違って。
それで女性が被害者だということで、周りの学生も加勢して抑えようとしたら逆に抑えつけられたのは向こうのほうだったんです。
息子さんのほうが馬乗りになっちゃったんですよ。怪我をするとしたら向こうのほうなんですよ」
と言われましたので、「では、トラブルとなったきっかけは?」と問うと、副署長の返答はこうでした。
「たとえばの話をやりましょう。女性が、この人が痴漢だと言ったら、一緒にいた人間はどうします? そんなの放っとけって言いませんよね。摑まえなきゃいけないと思うのが普通じゃないですか。
とりあえず事情を聞くために、ちょっと待ってくださいよって、押さえようとするのが普通じゃないですか」
「ちょっと待ってくださいよって、引き止めるのに、なんで馬乗りになったりする事態になったんでしょうか」
「だから、息子さんのほうが強かったんじゃないですか。結果的には駅員さんが見ているんです。息子さんが、相手に馬乗りになっているところを見ているわけですよ。相手は鼻血だして、怪我してる」
「息子が一方的に暴力を加えていると判断されたわけですか?」
「わからないです。要するに、お互いのトラブルじゃないかっていうことで、駅員は現場に行ったんです。そのときに息子さんは110番をしている」
このやり取りのあと、私は鞄から質問状を取り出しました。息子の経緯をたどりたいので、いつなにが起きたのか、質問状に空欄を設けている質問状です。
しかし、副署長は、受け取らず、「自分で書いてください」とおっしゃいました。
■物証はない
私が読み上げた質問状に対して、副署長は次のように回答しました。
・相手の学生3人は、午前1時ごろから別室で事情聴取を受け、午前4時ごろに一緒に帰った。
・息子は同じ時刻ごろから事情聴取がはじまり、午前4時ごろに終わったが、本人の「自宅に帰らないで、ここで寝たい」という希望により、2階で休んでもらった。
息子が休んでいるところを、署員は5時15分ごろに見たが、6時半ごろにはすでにその姿はなかった。息子が新宿署を出たところを、誰も見ていない。
・警察としては身柄拘束したわけではない。あくまで任意の事情聴取だった。
・後日、息子は相手を暴行容疑で訴えるため、被害届を提出すると言っていた。
・結局、被害届は両方から出ていない。
・両方の事情聴取により、警察は学生に「原田さんに痴漢の疑いがかけられていましたけれども、原田さんがやったという特定はできませんよ」と説明した。
・新宿駅のビデオカメラの確認はやっているが、普通は、階段を上から撮る、下から撮るという、階段の途中を撮影したカメラはない。息子と女性がすれ違ったことが確認できるビデオテープはない。
物証はない。
・ ビデオテープはないが、息子と女性がすれ違ったことは事実である。その根拠は、女性が、「犯人」の姿格好、身体の特徴、すれ違った状況を憶えていて、その 情報を総合して間違いないと判断したためである。だから、ビデオによる証拠は裏付けるものになるか、ならないかという話である。
・通路にはビデオカメラがあるがトラブルの様子は映っていない。したがって、どのビデオカメラにもトラブルがあった時点の映像は映っていない。
・息子に目立った外傷はなかった。
・女性の服装から指紋を取る等のことは、いま、捜査でいろいろやっている。しかし服からは指紋がとれるということはない。
・できれば、歯ブラシなどDNA鑑定に必要なものを任意提出してほしい。事情聴取の当日に採取しなかったのは、息子の死を予測しなかったから。後日来てもらったときに提出してもらうつもりだった。
・しかし、いま調査しているのは、暴行容疑についてで、痴漢容疑ではない。痴漢行為については特定できずで終わっている話。
・息子と相手方3人のアルコール検査の数値は、個人情報のため、お話できない。息子は泥酔まで至らなかったが、かなりの量が出ている。相手は男性ひとりが飲んでいない。息子とトラブルになった男性、女性はそれぞれ微量だった。
・110番通報の内容は、駅員に取り囲まれているとしか、記録がない。

いま、こうして列記してみても、黄海副署長の説明に、矛盾点がたくさんあることがわかります。
息子のボイスレコーダーを何度も聴いたあとでしたから、すぐに説明の不自然さに気づきました。それだけではありません。1月11日以降、新宿警察署が取った対応は、この時点で確認したことから、大きく変遷していくのです。
ちょうど110番通報について質問をしているときだったと思いますが、副署長は急に書類を見ながら、「お母さん、我々がなんか悪いことしたみたいに、いつ も言われちゃうのはつらいところがありますね。警察がなんか息子さんに悪いことしたみたいじゃないですか」 とおっしゃったのです。
ですから、「私はここでなにがあったのが知る義務がございます。息子がどういう足取りをたどって早稲田駅まで行ったのか、親として知らなければいけないので、お伺いしているんです」と申し上げました。すると、
「そ れはごもっともですけれども、息子さんは痴漢っていうことで疑っていたんですけれど……我々としてはなんでそういうふうに言われなきゃいけないのかなと 思っちゃうんですよね。逆につらいですよ、我々としても。で、息子さんを失くしたつらさはわかりますけれど、我々としても、一生懸命原田さんのためにやっ たのに、なんでそんなに言われなきゃいけないのかな、とつらいところがありますよ」
黄海副署長の言葉を聞いて、私のなかに抑えがたい感情が沸き上がりました。
「あの、私も、痴漢容疑を掛けられた人間が、どのような処遇を受けるかということは、今回のことがあるまで、まったく知りませんでしたので、まず第一にショックだったのは、
息子が痴漢にされてしまったこと。そして、そのために事情聴取を受けたこと。そして、その後、亡くなってしまったことです」
「うん、亡くなったことは不幸ですけれども、警察署としては痴漢を疑われてきたときに、事情を聴くのは当たり前の仕事です」
黄海副署長は自分たちもつらいと言う。息子を失った私は、もっとつらい。
けれども、一番つらく、悔しかったのは、息子自身のはずです。その心情を慮るような言葉は、この日、一言も伺うことはできなかったのです。
■確約証
私は副署長に、息子が書いた確約証を見せていただきたいと希望しました。ボイスレコーダーには、そのときの状況が残されていました。
息子は、事情聴取が終わりに近づくころ、〈明日の仕事に支障をきたすので、休養を取りたい〉と申し出ました。事情聴取を受けた部屋でわずかな時間、パイプ椅子を並べて休んでいたところ、
午前3時36分、刑事がやってきて、息子を起こし、後日呼び出しがあれば出頭に応じる確約証を書いてほしいと言われました。

刑事 後日ですね、刑事課、地域課、どちらかのほうで被害届を出してもらいますんで、今日は遅くなったんで、今日のところはいいですので。で、後日、出頭願い、警察のほうで呼び出しがあった場合は、こちらのほうに出頭しますよ、と言う確約書のほうを書いてください。
原田 (くぐもった声で)ちょっと待ってください……。
刑事 確約書というのは、いつでも警察署に来ますよって、それだけでけっこうです。要はあなたが確約証を出してくるときに(笑)、警察の呼び出しに応じますよって(笑)。
原田 ええ。書式はないんですか?
刑事 あぁ、ご自由に書かれてけっこうです。
原田 ……どう?
刑事 書きづらい?
原田 非常に、……どう表現したらいいのか。
刑事 あぁ、じゃあ書こうか。私が体裁を(笑)。
原田 えぇ、申し訳ないです。
刑事 でね、ここだと休みづらいから、どうします? 下のソファで休みます?
原田 (弱弱しい声で)できれば、そうしたいです。
刑事 わかりました。これを書いたら下に行きましょう。
原田 うん。
刑事 朝何時ごろ起こしゃいいですか?
原田 そうですね……7時半ぐらい。
刑事 7時半ごろね、わかりました。

明け方、意識が朦朧としているなかで、慣れない書類を書かなければなりませんでした。
息子の声の様子から、衰弱しきっていることがわかりました。まず刑事が確約書の体裁を手本として書き示しました。
息子はこのときコンタクトレンズを外していました。裸眼で0・1以下、そして疲労のため、文字を目で追うのがつらいようでした。そこで刑事が文面を読み上げ、あらためて息子が確約書を作成するという作業になりました。
書き写しながら息子は〈法廷でぜんぶ、という運びになるんですよね〉とたずねました。すると、刑事も〈裁判というかたちになりますよね〉と返しました。
息子は視力矯正ができていないため、字体が乱れることを気にしていました。

原田 この視力の状態で資料を書くと、社会的に欠陥があるような。
刑事 そんなことないでしょう(笑).
原田 いや、どうでしょう。
刑事 取り調べに、警察署にいつでも来ますよっていう(笑)、あれですから、ハハハ。
原田 これが公的に扱われるわけですよね?
刑事 いや、これ、警察署だけのあれですから。要はこういうふうに警察署に呼び出しがあったら来ますよっていう、我々に対する申し立て状ですから。
原田 ちょっと注意書きをしたいんですけれど。ちょっと視力が落ちた状態でしたっていう。
刑事 別に構わないですよ。警察署のほうだけですから。
原田 間違いないですか?
刑事 間違いないです。(確約書の文面に合わせて)……しましたが、このことで……警察署から、呼び出しがあった……いつでも……まあ、いつでもいらないか……出頭します。
原田 出頭って?
刑事 うん、お伺いしますでいいでしょ。自分のお言葉で。で、その下に平成21年12月11日。
原田 この字だと……。
刑事 大丈夫ですよ。ここに電話番号書いてください……で、ここに警察庁新宿警察署長。
原田 警察署?
刑事 警察署長ですね。新宿って書いておきゃいいや。新宿警察署長、で、立川の立、延びる、哲学の哲、そう。
原田 (書きながら)相手方とはこのあとどうなるんですか?  
刑事 あなたのほうが被害届を出して、その暴行の事実について……それはなんでしょうか?
原田 矯正視力がない旨を。
刑事 ハハハ、どうぞどうぞ、フフッ、ご自由にお書きください。いいですよ、注を入れなくても……らん、らん、らーん、なんだ? 乱筆……下にね。

刑事の声には、ときに含み笑いが混じっていました。いっぽう、息子はボロボロの身体で、それでも先方の要請に応じようと、力を振り絞っていました。
このときに書かれた確約書をこの目で見たいと望みました。
息子が危惧していたとおり、確約証の文字は乱れていました。実は、コインロッカーで発見された鞄のなかのコンタクトケースに使用済みのコンタクトレンズが2枚入っていました。
息子のコンタクトレンズは毎日使い捨てのものなので、それを見たときは、このコンタクトレンズを外した時点では、朝起きて、もう一度装着し、自宅には寄らず、その足で大学まで出勤しようとしていたのかしら、と考えておりました。
黄海副署長から見せられた、確約証の文字を見て、私は絶句しました。息子が事情聴取の際にノートに走り書きしていた文字と同じだったからです。
そのノートは鞄のなかから見つかりました。初めのほうのページは、新しい職場のための覚え書きや、講義の内容だったので、仕事用のものだと考えていたのです。
しかし、あるとき、なにか手掛かりがないかとページを後ろのほうまで繰っていると、急に、乱れた字で、シンジュクケイサツショ、録音で人権、防犯という文字や、人の名前、
階段の両脇に記された15、16という数字、そして、左下隅に「こうなっちゃった人生 事件 どういうわけで」と書かれていたのでした。
その乱れた文字は、息子の身になにか異常事態が発生しているのを知らせるシグナルそのものでした。確約証の文字もまた同様です。私はしばらく見つめたまま動けませんでした。
ボイスレコーダーを聴いていても、心のどこかで息子が自殺するなんて絶対にないという確信に似た思いを持ち続けていました。
しかし、その気持ちが揺らいだのです。そして、あぁ、息子は自殺したんだなと、はじめてそう思いました。
そして、黄海副署長に「もともと字がきれいな子じゃないんですけれど、本当にひどい精神状態で書いたのがわかります」と申し上げました。文面は次のとおりです。

確約証

本日、私は暴行を受けたことで新宿警察署で話をしましたが、この事で警察署から呼び出しがあれば、随時お伺いします。
平成21年12月11日
原田信助 印

新宿警察署長
安延哲夫殿

上記 ●(書き損じを消した後)視力が逸した状態のため乱筆になりました旨を記載します。

私はこの確約証を写真で撮らせていただけないかとお願いしましたが、無理だということでしたので、できるかぎり息子の文字を忠実に真似して、書き損じの後も同じようにしてノートに書き写しました。
■写真
また、この日は、新宿警察署で最後に息子が撮られた写真もこの目で確認しました。
息子の格好は、上着がぐしゃぐしゃになっていて、ワイシャツは、襟元が乱れ、ズボンが飛び出し、暴行を受けた際に引っ張られたからか、長時間の取り調べの際にそうなったのか、ネクタイは床のほうまで結び目が垂れさがっていました。
休んでいるところを起こされた息子は、確約証を書き終えると、次に写真を撮影すると刑事から言われました。

刑事 原田さんね、今日の服装のやつだけ、変わっちゃうんで、服装のとこだけ、こういう状況でしたよっていう、いまのネクタイがこうなっている状況の写真だけ撮りますから。そのときの状況ですよね? 引っ張られた。
原田 いやあの、駅員さんのあとですよ、これは。
刑事 うん、駅員さんのあとでけっこうですから。ここにいらっしゃった姿をそのまま撮りますから。
原田 ただ、そのあとに睡眠、仮眠を取らせていただいたり……。
刑事 あ、大丈夫ですよ。うん、いまの、とりあえず今日の服装だけ撮らさせていただきます。
原田 ああ。
刑事  どうぞ、お越しください。全身だけで結構です。
原田 それは、当時と……ちょっと待ってください。
刑事 いや、今日の服装、服装。
原田 任意ですか?
刑事 (さえぎって)よろしいですか。いきますよ……お鞄をお持ちになってください。
原田 ちょっと待ってください。それは被疑者としての撮影でしょ?
刑事 違いますよ。
原田 違いますか。まったく理解できないことが多い。
刑事 いや、法廷でも、それはこうですよっていう証明になりますから。よろしいですか。
原田 ええ、なんでいま出てくるんですか? そういった話が。
刑事 要は、このときにあなたが暴行を受けた……。
原田 (さえぎる)確認させていただけますか?
刑事 どうぞ。

このとき、息子は鏡で自分の姿を確認したようでした。

刑事 はい、それでよろしいですね。
原田 髪も、かなりなんか……。
刑事 (笑いながら)髪は関係ないでしょ。

原田 狂人みたいな感じに見えますがね。
刑事 関係ない、関係ないです(笑)。
原田 本当ですか?
刑事 関係ない。……よろしいですか?
原田 ええ、これは……。
刑事 はい、どうぞ。

そして、シャッターが切られました。
写真のなかの息子の表情は、我を失っていました。自分に起こっていることが信じられないといった様子でした。思えば、ひどい暴行を受けたあと、4時間近く、事情聴取を受けていたのです。
どれほど疲れ果てていたことでしょう。息子の視点は焦点が定まらず、どこを見ているのかわかりませんでした。自分の人生の果てが見えてしまったのかもしれません。
25年間、育ててきて、はじめて見る、息子の表情でした。
私はショックを受け、また言葉を失いましたが、我に返りました。この写真こそ、最終的に死にいたらしめられるまで苦しめられた、動かぬ証拠だ、と。
「写真に撮らせていただいていいでしょうか」
そう申し出ると、黄海副署長は、「本来、裁断しなきゃいけない性質のものですから」と許可してくれませんでした。私が、その意味がわからないでいると、「息子さんは犯人じゃないんで、裁断しなきゃいけないんです」とおっしゃいました。
私は焦りました。「裁断する前にいただけないでしょうか」
「いや、取っときますから、これからも」
「いつまで取っていただけますか?」
「ずっと取っておきますよ」
「ずっと、とおっしゃいますと、私が生きている間でございますか?」
「取っておきます」
息子の写真は生きている間はずっと新宿警察署で保管される、裁断されない、と副署長が明言したことに、安堵しました。

ところが、息子の写真は、その18日後に、東京都迷惑防止条例の被疑者としての書類に添付されて、検察庁に送られることになるのです。
息子の写真は、私の生きている間はずっと新宿警察署で保管される、裁断されない、と副署長は明言しましたが、
実行されることはありませんでした。


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。


●署名TV
原田信助の受けた暴行被害について、
十分な捜査を実施し,犯人を起訴することを求める署名



●署名TV
原田信助の受けた暴行被害について、
十分な捜査を実施し,犯人を起訴することを求める署名

[※] 携帯電話専用です。

目撃者を探しています! 9/16 追記

原田です。

皆様から沢山のコメントや励ましのお言葉をいただき感謝しています。

現在7022名の方々から、ご署名をいただくことができたのは、皆様の応援のお陰です。
ツイッターでもフォローしてくださる方が1000名以上になりました。
ご支援してくださる皆様、本当にありがとうございます。

初めていらした方から、事件と流れがよく解らないというご指摘をいただきましたので、7月11日の【6月15日 記者会見の趣旨】と【時系列】を、再度掲載することにしました。


【6月15日 記者会見の趣旨】

私の息子である原田信助(当時25才)は、平成21年12月10日午後11時頃、帰宅の為、新宿駅構内を通行中に、
見知らぬ男子大学生より、突然階段から引き落とされ、暴行を振るわれました。

息子が、その大学生の友人の女子大学生に対して、「お腹のあたりを触る」痴漢行為をはたらいたというのです。(12月11日新宿署にて判明)

しかし、息子は非常に真面目で、女性に対しても優しく、礼儀正しく、決して他人に危害を加えるような人間ではありません。また、
息子が念願の新職場に就職したばかりで、当日は歓迎会の帰り道だったことも考えれば、息子が痴漢行為に及んだとはとても考えられず、
痴漢の嫌疑は大変な間違いであったと言わざるを得ません。
そもそも「お腹のあたりを触る」痴漢行為というのはきわめて不自然ではないでしょうか。

仮にその大学生にとって、信助が疑わしいと思われたのだとしても、
息子に対して振るわれた暴行は、痴漢犯人の身柄を確保するという目的をはるかに逸脱した、過剰で違法な暴行です。

ところが、警察は、息子の被害の訴えを十分取り上げないまま、息子を痴漢行為の被疑者として深夜にわたり取調べを行い、
その結果、息子は自らの無実の訴えが聞き入れられないと絶望して、翌朝、自殺に追い込まれました。

さらに、警察は、亡くなった息子を痴漢の被疑者として書類送検し、一方で、息子が必死で訴えていた暴行行為については、
十分な捜査を行わないまま、書類送検も行わず、事件として終わらせてしまいました。

息子は亡くなりましたが、だからといって、息子の受けた暴行被害が、社会的に不問に付されてよいはずがありません。
息子は、今は何も語ることができませんが、確かに当時ははっきりと被害を訴え、加害者に対して処罰を求めていました。
私が恐れているのは、息子が亡くなっているために、息子の受けた暴行被害までもが、存在しなかったものとしてうやむやにされることです。
息子の遺志に沿うべく、私は東京地方検察庁に告訴状を提出し、ようやく受理されました。
また、私は、連日事件現場である新宿駅に立って、目撃者の方がいらっしゃらないか、情報提供を呼びかけています。
私は、この場をお借りして、息子が決して痴漢行為など行う人間ではないということを社会に訴え、信助の名誉の回復を図りたいと思います。
また、息子の受けた暴行被害について、きちんと捜査がなされ、起訴されるべきだということを訴えたいです。
そして、真実が明らかになるよう、もし、当日の新宿駅での出来事を目撃した方がいらっしゃれば、情報の提供をお願いしたいと思います。

【時系列】

■2009年12月10日~11日

午後11時頃、歓迎会から帰宅するために新宿駅構内を通行中だった息子は、女子大学生の(お腹を触った)痴漢犯人とされ、
女子大学生の友人の男子大学生に階段から引き落とされ、一方的な暴行を受けた。
息子は110番通報をしたが、駆けつけた駅員・警察官より、痴漢犯人として扱われ、新宿西口交番から、新宿警察署に任意同行された。
そして、新宿警察署では痴漢の被疑者として、明け方4時頃まで取り調べを受け、その後、息子は、新宿署内で休息を取り、5時45分頃警察署を出ると、
電車に乗り早稲田駅に行き、午前6時40分、電車に轢かれ重態となり、東京女子医大に搬送された。
午後7時15分に私(原田尚美)の携帯電話に牛込警察署より電話があり息子の事故を知る。

■2009年12月12日

牛込警察署から、息子の持ち物らしきボイスレコーダーが落し物として届けられているとの連絡を受け、息子の声を確認して受け取る。
新宿警察署に電話をして、息子が何故、新宿署にいたのか、何時までお世話になっていたのか
教えていただきたいと訊ねるも、「わからない」という答えしか返ってこないため、110番に通報して、きちんとした説明を求める。

■2009年12月13日

新宿警察副署長黄海氏より、私に電話があり、
「息子さんと大学生3人との間でトラブルがあり、駅員に取り囲まれ、お腹を触られたんではないかとする痴漢容疑で
新宿警察署(生活安全課)で事情聴取を受けるが、
大勢の人間が行き交う新宿駅で、息子さんを痴漢と認定するのは無理という判断の元、痴漢容疑は晴れたが、
その後、お互いの暴行容疑で事情聴取が続き、3時から4時ころ、『学校もあるだろうし、会社もあるだろうから、帰宅するように』と言われ、
大学生は帰ったが、息子さんは休ませてくれ、と言って2階のソファーで休んだ。
息子さんが署を出たのは5時15分・・・5時から6時半くらいの間かな。誰かが付きっきりでいた訳ではないので、正確な時間は分からない」と説明があった。
私が「息子はケガをしておりませんでしたか?」と訊ねたところ、「外傷はありませんでした」と答えた。(※この電話の内容は、翌2010年1月11日の新宿警察署での会見の際、
黄海氏本人に確認しています)

■2010年1月9日

新宿警察署副署長より電話。1月11日に会うこととなる。

■1月11日

新宿警察署にて、黄海氏と生活安全課課長菅原氏と会見。
「息子さんは(痴漢容疑の)犯人ではない」と言われ、ボイスレコーダーの提出を求められる。
黄海氏の説明では、息子と、息子と組み合った男子大学生一名のみが事情聴取を受け、女子大学生ともう一人の男子大学生は参考人、
誰からも被害届は出ていないと言われる。
事件当夜、息子が暴行を受けた現場からかけた110番通報の内容と、受けた暴行の内容については、後日確認後に連絡をいただいて、
息子の代わりに私が暴行の被害届を出すことになった。

■1月28日

新宿警察署の生活安全課課長から電話があり、息子を東京都の迷惑防止条例(痴漢)の被疑者と認定し、書類送致するとのことであった。
女子大学生の被害届が出されているのか訊ねたが、有無について明言を避けられた。
また、新宿署として認定した、と言われた。

■2月1日

同じく新宿警察署の生活安全課課長から電話。1月29日に息子を東京都の迷惑防止条例の被疑者として、東京地検に書類送致したとのことであった。
暴行容疑の事情聴取での調書は存在するのかと訊ねたところ、調書は存在しないと説明したはずであると返答。

■2月25日

新宿警察署に、息子に代わって被害届を提出しようとしたが、拒否された。

JR新宿駅駅長室で助役さんに、12月10日の日誌を見せていただく。
[12月10日・8号ホーム23:05迷惑行為で110番]と記載されていた。
暴行現場である階段の上に設置された防犯カメラは「階段の下まで写すカメラ」であることを教えていただく。
新宿駅でのチラシ配りの許可はいただけなかった。

■3月1日

警視庁情報公開センターに息子の「110番通報」の開示を請求。

■3月11日

新宿駅でチラシを配り始める。

■3月16日

東京都庁個人情報開示課へ、「110番通報」の開示請求について相談に伺う。

■3月18日

弁護士の先生に「110番通報」の開示請求のため「23条照会」をかけていただくことになる。(3月24日付照会)

■3月23日

新宿警察署に男子大学生を住所氏名不詳のまま暴行容疑で告訴しようとしたが拒否された。
暴行現場である階段の手前に、新しい階段が完成する。

■4月6日

東京地方検察庁に弁護士の先生と告訴状を持参。

■4月8日

新宿警察署から「郵送した告訴状を返送する」と2度めの告訴拒否の連絡を受けた。

■4月12日

目撃者探しのためのブログを開設。

■4月20日

検察庁から電話。検察庁は告訴を受理する方向で動く旨および証拠としてボイスレコーダーを提出してもらいたいという要請を受けた。

■4月23日

息子が11時27分にかけた「110番通報の記録」が一部開示された。(4月19日付回答)

■4月27日

検察庁から電話。都の迷惑防止条例の不起訴記録は非開示と連絡を受ける。

■5月25日

検察庁から「男子大学生に対する告訴状は受理されている」旨の連絡を受ける。

【メディアの報道と警察署・JRのコメントの変遷】

■5月7日

夕刊フジに記事掲載。

■5月17日

週刊ポストに記事掲載。

■5月20日

産経新聞に記事掲載。

同署(新宿署)によると女性は触ったという人物の顔を見ていない。
唯一の物証は防犯カメラの映像だという。
「女性の『(誰かに)触られた』という証言は信用できる。すれ違った瞬間はカメラの死角だが、証言と同じタイミングで触れる人は原田さんしか写っていない。
証言と映像で複合的に判断した」と説明する。
「本来は立件するような事案ではなかった。母親の『暴行』との訴えや、相手の女性の気持ちも考慮した結果白黒つけるべき話になった」
「(大学生の行動は)痴漢の行為を引き留める行為の一環」

■5月25日

週刊女性に記事掲載。

【新宿署のコメント】

「痴漢と暴行をセットで捜査して終了した」

「原田さんが亡くなったことは、大変お気の毒ですが、本件については必要な捜査を適正に行ったあとに送致しております」

【JRのコメント】

『JR東日本の話』

「社員が現場に駆けつけたときは、1人の男性が馬乗りになって押さえつけていた、とのことです。痴漢ではなく、トラブルとして対処した、と聞いています」

■6月14日

フジテレビ:スーパーニュースで放送。

■6月15日

司法記者クラブで記者会見。
ニコニコ動画で生放送。
TBSニュース23で放送。

■6月16日

産経新聞に記事掲載。
毎日新聞に記事掲載。
共同通信社にて記事配信。


■6月21日

【JR新宿駅駅長室】

『助役さんの話』

[12月10日・8号ホーム23:05迷惑行為で110番]について
「迷惑行為といっても喧嘩、痴漢など色々ある」(A助役)
「社員が現場に行って確認してから110番通報をしている」(A助役)

■6月28日

【JR新宿駅駅長室】

『助役さんの話』
「JRの社員が現場に行き、女性から『痴漢』と言われたので、8号ホームから別の社員が警察に通報した。」(A助役)
「『迷惑行為』とは『痴漢行為』を指していう」(他の職員)
「警察官に引き渡した時間は、通常だと110番通報をしてから10分か15分後になる」(A助役)

「(テレビの警察のコメントのあった)息子が駅員の方の名札を奪ったというのは本当ですか」  という質問に
「警察に聞いてもらいたい」(A助役)
「事実です」(他の職員)

■7月7日

目撃者の証言等から、「息子のかけた110番通報」は11時過ぎ頃と判明し、二度目の「23条照会」をかけていただく。


■8月11日

警視庁・新宿警察署及びJR東日本への【質問状】を送付する。

■8月13日
息 子が11時20分にかけた「110番通報の記録」が開示された。「応答した直後に無言のまま切断されています」という内容だった為、通信指令センターの山 岸氏と会話をした最初の「110番通報の記録」を開示請求のため、三度めの「23条照会」をかけていただくことになる。

■8月24日

JR東日本からの【回答】が届く。
ニコニコ動画で二度目の生放送。

■9月11日

警視庁新宿警察署からの【回答について】が届く。


祈りをこめて開封した、警視庁新宿警察署からの【回答について】でしたが、【回答について】は回答できないという内容のものでした。


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。


●署名TV
原田信助の受けた暴行被害について、
十分な捜査を実施し,犯人を起訴することを求める署名



●署名TV
原田信助の受けた暴行被害について、
十分な捜査を実施し,犯人を起訴することを求める署名

[※] 携帯電話専用です。